「こっちよ、トウヤ君!」

「うわあ……うわっぷっ!!」

 

燦燦と輝く太陽の下で、僕は純粋な美しさというものに心奪われた。

水着姿のミシロさん……白ビキニがすごく合っていて……うん。

完全に、呆けていた。

顔は赤かったと思う。

 

――海面から、抵抗なくするんと飛び出したる美しの化身は、海の雫と共に天の光を浴びたりて僕を惑わす。

 

そんな詩的表現のようなものまで瞬時に思いついた。その瞬間、ミシロさんの手が作り出した海水の一撃が、顔を襲ったんだ。

平たく言えば、顔に水をぶっかけられたってこと。

「けほっ、けほっ、けほっ!」

「ご、ごめんなさい、そんな無防備になるなんて思わなかったから」

無防備になったのは見とれてしまったからです、なんて恥ずかしくて言えない。

少しの間僕は、むせ続けた振りをした。

それがミシロさんに小さくても罪悪感を呼び起こしてしまうことを後になって気づいて、心配そうに寄って来てくれたところをすぐ、平気平気と笑う。

う、ちょっと屈むと白い水着に覆われた胸が垂れ下がって……覆われてない部分が寄って行って強調されて……だ、だめだよ僕っ。

 

 

――――。

 

 

私はミシロ・ライメイ。

今日は……その。

ADFの新人、トウヤ・ササギリ君と一緒に海に来ました。

うん。ええ。

 

……ああ。

ちょっとイタズラで水をかけただけのつもりだったのに、口に入れてむせこませてしまった。

海の水よ?

口に入ったら辛くて……誤って大量に飲み込んでしまったらどうするの?

私の馬鹿。

トウヤ君……ごめんね?

ちょっとの悪ふざけのつもりが、こんなことに。

嫌われてしまっていないかしら。

何度も苦しそうに咳をして。

私が寄って行ったら、平気平気と可愛く笑ってくれたけど。うん、かわいい。くぁわいい。

でも本当はどう思っているのかしら。

しかも、無防備にしていたから、だなんて。

まるで、君が悪いのよと責めているようではないの?

ああ、私の馬鹿。

せっかくの夏休みに彼を誘ってシャイル・ジュイエ一番の高級ビーチ街にまで来ることが出来たというのに。せっかく2人分のお金を払って最高の部屋を用意したのに……!

気兼ねしないように、招待券を貰ったなどと偽ってまで。

それなのにこんな失敗……本当にごめんね。

笑っていても、もう二度と誘いに乗ってくれないかもしれない。悪乗り女と思われてしまうかも。

彼から誘ってくれる日が来るなんて、永遠にないかもしれない……ああっ。

 

 

――――。

 

 

一度海でやったけど、もう一度、部屋でシャワーを浴び直した。

僕は今日、ミシロさんに誘われて……高級ビーチ街に二人だけで泊まることになっていた。

まさかの二人っきりでお泊り。うん。

ビーチ街……別の国ではリゾートタウンとか宿泊街とか言うとか言わないとか。あれ、ホテル街だっけ? ラブホテルは違うよね。とにかく、海水浴や釣り、クルージングなどを楽しむお金持ち用高級ホテルばかりが連なっているところ。

僕には一生縁がないものと思っていたのに、ミシロさんがADFのスポンサーからタダ券、いや招待券を貰ってきてくれたから来ることが出来た。

き、緊張するなあ……。

大人っぽい、広々と。とにかく隅々まで高そうな部屋。

シャンデリアもあれば、ふんわりしたダブルベッド……ダブルベッド!?

わ、わわわっ!?

「トウヤ君」

「いっ!?」

叫んでしまった。

ダブルベッドであることに驚いて、腰を抜かしそうになったところで、さらに背後からミシロさんに声をかけられて。

ま、まさか。こんな。

ミシロさん、まさかそこまで、ね?

振り返ると、ミシロさん……うわあ。

「だ、大丈夫? どうしたの?」

うわあ。

 

うわあ。

 

ふんわりした白いガウンだけを羽織った? ミシロさんの姿が。

頭にタオルを巻いている。

全身を白いふわ布に包まれた、真っ白なハリのある体。

湯気の感じが。ほのかに香るシャンプーとリンスの香りが。あわあ。

バーチャル空間の中では何度も裸を見たはずなのに、葉っぱ一枚の格好すら見たのに、動機が止まらない。

これが、現実の女の人の体。

「さっきはごめんなさい」不意に、ミシロさんが謝った。頭を深々と下げて、頭頂部や後頭部も無防備にさらしている。

「え、な、何が? えっ?」

「あの、ちょっとのイタズラのつもりだったのに。本当に」

え。え。え……っと?

よくわかんないけど、うわ!?

「ごめんね……っ」

抱きつかれた。

うわわ。

体が……な、生と言うか。ふんわりガウン越しに……うわあ。

動けない。

もう心臓がどっくどっくで。

あわっ。

なんで。

いい匂い。

ふわあっ。

試合での恥ずかしい姿が崩れていく。

今ここにあるのはあったかさとうつくしさだけで。

ぼ、ぼくも抱きしめたほうがいいのかな?

んっ。

んんっ。

僕が腕に力を入れた途端、『いやそれは違うから』とか言ってきたりしないかな?

で、でも……うん。

 

ぎゅって。

 

……。

 

んっ。

 

 

――――。

 

 

良かった。

本当に思い過ごしだったのだわ。

さもなければ、許してもらえたか。

我慢できなくって。

このままずっと永遠に、彼との時間がないものになると思ったら、もう嫌で。

悲しくて。

これまでの日々、思い出がすべて、美しい時間から崩壊の悪夢に変わってしまう。

最低の時間になってしまう。

堪え切れる気がしない。実際、後悔と絶望に苛まれながら、この数時間を過ごした。

だけど……良かった。

終わってない。

いや、これから始められる……きっと。

うん。

 

それにしても、ダブルベッドの部屋だったなんて……それはさすがに気まずいわ。

お、おほん……ちょ、ちょっと離れてなら、一緒でもいいかしら?

 

……。

 

って私。

 

トウヤ君と……抱きしめ合ってる!?

あ、や、やんっ、やだ。

いや、嫌じゃないけど。

うん、最高だけど。

で、でもでもどうしよう……どうしましょう。

 

……

 

んっ。

 

 

――――。

 

 

「み、ミシロさん、えっと」

ルームサービスの食事を終えて、しばらく二人とも、何も言わなかった。

食事中は話題があった。これ美味しいですね。とか、何々の材料をなんとか何々して作ったのよ、とか。

ちょっとほんわかしたくつろぎタイムにも思えたし、僕から声をかけて何かをし始めなければならない時間のようにも思えた。

もし、後者だとしたら、まずいよね。でも、なんて言ったらいいのかわからなくて。

面白いこととか、もしかしたらロマンチックな事とか。

つまらないことを言ったらまずい。黙り続けてもアウト? どっちにしても、知らない間にミシロさんを傷つけたり怒らせたりするような、いわゆる地雷のようなワードだったら完全アウト。そんな恐怖と戦いつつも、沈黙に耐えきれなくなって、僕は言ったんだ。

「なあに?」ミシロさんは、すぐに言葉を返してきてくれた。

興味あり気に、身を乗り出して。う。そうすると、ガウンの隙間から谷間……あーごめんなさいっ!

何も考えてません。沈黙に負けただけです。

ああ、早く続く言葉を言わないと。

 

“えっと、シャンデリア綺麗ですね。”意味不明!

“夜景綺麗ですね。”さっき食べる前に言った!

“水着姿綺麗でした。“気持ち悪いよ!

“フーレスト・ショッカー喰らったような感じになってくれませんか?” 僕は馬鹿だあっ!!

 

1秒も経たないうちに、数々の言葉が浮き出てきては、自分に否定されていった。

ああ、どうしたら。本当に迷う。

でも、だけどその時。

真っ黒な、大きなテレビが目に入った。普段の生活では絶対に見ることのない大画面。やっぱりお金持ちは違うなあ……そうだ、テレビつけてもいいですか、って言おうか? いやだめだ。二人の時間なんだから。ミシロさんに対して興味がないと思われてしまう!

あー、あーーーー!

あっ?

「こ、この機械、なんでしょうか?」

ふと、目に入ったのは、見慣れない黒い四角形の機材だった。テレビ台の、ガラス棚に置いてあって。

ミシロさんは、流石何なのかわかっているようだった。

「あら……それ、ディメンショナルリーダーよ」

「ディメン……えっ?」

 

 

――――。

 

 

食事中、私はなんとかそれらしい会話がしたかった。

でも、何にも言えなかった。

はあ。私がこんな奥手だったなんて。

恋愛……したことないのよね。

ああ。

彼は何も言わない。

私に興味がないのかしら。

それとも、同じ気持ちなのかしら? だったら……あんっ。

ああ、年上なのにヘタレ女って感じで嫌ぁ。

時折、これがおいしいです、って言ってくれた時には、すぐに言葉が出た。

ミニーレイクのバター風味は、ミニーレイクの生地にバターの香りがするオリレインオイルを練り込んで……なんて解説だけだけど。

ああ、もう。

これに絡めて、何か気の利いたことの一つでも言えればいいのに。

それともトウヤ君、本気で料理のことにしか今興味が沸いてないとかじゃ。

それは……ないわよね?

うう、狂おしい。

 

食後も、しばらく話題がなかった。

ああ、どうしたらいいの。

でも彼もそわそわしている。

トイレではないわよね? う、そう言えば……私、あの、彼がフーレスト・ショッカーの能力に目覚めたあの日、彼のおもらしを目の当たりにしたんだったわ。

あの時は驚いただけだったのに……あの後……ああ恥ずかしいっ。

まさか、そんな彼の夢を見てしまうことになるなんて。

私、少年のおもらしを悦ぶ変態なの?

それに、試合を見返すと、他の子達よりずっと馬鹿をしているような気がするのよ。

それは私が度を越した変態だから……?

トウヤ君は、本気で人を貶めるためにやっているわけじゃない。

妹さんを救うため。

だから、邪念なんて全くない……筈。

だから、うう。

私は……ああ。

トウヤ君に近づいて、フーレスト・ショッカーをかけてもらって変態なことをする最低女だと思われているかもしれない……!!

い、いや、それはないわ。脈絡なさすぎ。

うん。

はあ、はあ。

変な感じになっちゃったり、してないわよね?

え?

トウヤ君、なあに?

いきなり「好きです」って言ってくれたらどうしよう。

その時は……「私もよ」って言うのがいいかしら?

それとも「いいわ、付き合ってあげても」なーんて、敢えて言ってみるのも……やめなさい私の卑怯者っ!!

はあ。自己嫌悪……する前に、彼の視線が泳ぐことに気を取られた。何かしら。

 

彼は、テレビの下にあるディメンショナルリーダーに、興味を引かれたようだった。

 

 

――――。

 

 

ディメンショナルリーダー。それは、ADFのバーチャル世界と同じ空間に、自由に行き来できる機械の事。

データを入力すれば、どんな世界にもバーチャル上で行くことができる。

ADFで戦った夜のビル街でも、月の上でも、紅葉の森でも。

砂漠でも、高速道路でも、罠だらけの要塞でも行き放題。

ネットワーク回線を繋げば、シャイル・ジュイエ中のどこの人とでも自由に、一緒の時間を過ごすことができるという。

貧乏人の僕は聞いたこともない道具だった。

でも、お金持ちならこれを使って修行もできるよね。ああ、不公平だなあ。

「そのうち、一般化されるわよ」

「そんなこと言っても、ミチャの事もあるし……」

「……私が払うわよ」

「え?」小声で、聞き取れなかった。

でもさらに、ミシロさんの唇は動いた。それは完全に聞き取れなかった。

なんて言ったのか……ちょっと怖かった。聞けなかった。

 

 

――――。

 

 

ディメンショナルリーダーの事を、彼は知らなかった。

確かに、ADFの中でも知っている人は少ないかも。あとは上流階級の遊び場だものね。

かなり変態な使い方をしている人もいるらしいわ。全く。

そういう教育に良くない部分は伝えずに、説明をしてあげた。

ADFの特訓に使う人もいると言うと、彼は不公平だと言った。確かに、ね。

特に、妹さんの病気を治すために戦っている君だもの。

でも、大丈夫よ。

「……私が払ってあげるから」

「え?」

うっ。まずい。でも、口が止まらない。

 

――私と結婚すればいいのよ、と。言った。

 

違うわ、止めなかった。言いたかったの。

“ありがとう、結婚してください!”って、返してほしくって。

でも。

“お金で釣る気ですか?”

“余計なことしないでください! 僕が自分で助けるんだ!”

なんて言われたら恐い。

“あ、あの、気持ちは嬉しいんですけど、ミシロさんとはそんなつもりじゃ”

ああ、死んじゃう!

だから……ちゃんとは言えなかった。声を引き絞って押し殺して。

もしも、無念な言葉が返ってきたとしても、「え? 私そんなこと言ってないわ。ライバルの一人、良き友人の一人だと思っているんだもの、ね?」とごまかせる。

だけど、もし。

 

――しっかり聞こえてさえいれば、最高の答えが返ってくる。

 

それが未来の真実であるのならば。

ああ。

聞こえてほしい。耳に届いてほしい。

 

……結局、彼は良く聞こえなかったみたい。

良かった。そして、残念。

私の卑怯者……。

 

でも。

「ねえ、これを使って、もっと海の深いところに行かない?」

さっきのやり直しをすることにした。

 

 

――――。

 

 

ディメンショナルリーダーを使って、海底に行くことになった。

ADFの超人的な身体能力なら問題ない……というか、普段のADFの試合場を遊び場代わりにしているようなものだと教えられた。

なら、問題ないかな。

二人で、海底探検……デート……に、向かうことになった。

 

スイッチON。ミシロさんが操作してくれて……と。

 

光に全身が包まれるような感覚が……。

 

 

わあ……静かで、深い蒼の色をした世界だ。

上から差し込む日差しはプリズムのような、様々な色の輝きを持っている。

なんだろう。

涙が出そうになる。

うわっ。

魚がたくさん泳いで、行ってしまった。

アジ? サバ? イワシだっけ? の群れ。

背がギラギラと輝いてる、シャイル・ジュイエ有数の高級魚の群れだ。

外海からたまにしか迷い込んでこない、貴重な種。

さっきの料理にもイワシが出たはずだ。ミニーレイクって言う高級料理の生地に使う。説明より、ミシロさんの一生懸命説明してくれる笑顔に夢中で味はよくわからなかったけど。

ふう、こっちは魚と言えばマグロやタイ、キャビアにカニ、アワビくらいだものなあ。

おっと、ひがんでる場合じゃない。

 

わあ。

 

ミシロさん、人魚みたいだ。

全身を流麗な動きで丸めたり反らせたりして、アクロバティックにその場を旋回している。

今度は青いビキニ。

それとも、水の青のせいで、白ビキニがそう見えているのかな。

というか……水着の設定もできるんだね。

ADFのいつもの服ってどう決めてるんだろう……そういえば、僕の水着はどんなの?

 

……あれっ?

 

 

――――。

 

 

ふう、気持ちいい!

水の中をぐるんぐるんっと、ああ。

トウヤ君との海底散歩……デート……を前に、ちょっと準備運動!

あはっ。

今回は青いビキニにしてみたわ。

水の中と一体化しているようで…………。

 

……。

 

……。

 

トウヤ君おちんちんっ!!!!!!!!!!!!!!!

 

かわいいっ!

 

ちょろん!

 

ぷらぷらっ!

 

あんっ!

 

やだっ!

 

抱き着いて押し倒してぺろぺ……駄目よ私っ!!!

 

 

「ごめんっ! データ入力し忘れてたわっ!」

 

「うわああああああああ! み、見ないでえええええーーーーーっ!!」

 

必死に隠しちゃってかわいい……本当に、喉から声が出そうになった。

 

――どうせ誰も見ていないんだし、二人で裸で泳がない? 

 

ああ私の変態っ! フーレスト・ショッカー喰らわなくてもバカバカバカ!!

やり直すつもりが、それこそ嫌われちゃうじゃないっ!!

 

 

――――。

 

 

「うう、恥ずかしい!」

「ごめんね、本当に!」

「ミシロさん……うう、いいです。気にしないでください……というか忘れてください」

「え、ええ」

僕は、ボクサーパンツ型の水着を着ながら、海底目指して二人で脚を動かし泳いでいた。

 

はあ。

うう。

自信ないのを思いっきり見られちゃった。

前に試合中に服を破られた時は、最初から隠す余裕があったけども、今は。

何も知らずに、のんきにプラプラさせていたんだ。

情けないぃ……ああもう。

でも、当然の報いではあるよね。

フーレスト・ショッカー……僕の罪はこの一言に尽きるよ。

ミシロさんはもとより、大勢の女の人を。ああ。

あれから家でも学校でも肩身が狭く感じる。

あんまり意地悪されたりすることはないけど。

家では、あれからいくらか入るようになった賞金を入れている為っていうのもあるのかも?

それ以前に、ADFの事をリアルで問題にしてはいけないっていうのもあるし、うん。

僕自身、他の人がなにか変な事や悪いことをしたからって、現実世界で責めたりしないものね。

それは助かってる。

でも、ああ、やっぱりいざ自分がしてしまうとなると……ああー。

 

あ、ミシロさんが海底に足をつけた。

もわん、と泥が浮かんだ。

今更ながらリアルだよね。

そのくせ、海底に降り立ったら普通に歩けたりもするし……ADF用に、実に、都合よくできているんだ。

「貝を踏んだりしないように気を付けてね」

「あ、はい」会話もできるし。

海底に、そっと足を下した。

 

「うわあ……」

下から見る海面、太陽の丸い光……照らされる魚達もとてもきれいだ。

右横にいるミシロさんも……静かに笑っていて。髪が、水の流れに沿って揺れている。

風の中とも少し違った、浮かび上がった感じが素敵だなあ。

「ねえ」

「は、はいっ!?」

「あの船、行ってみない?」

船?

ああ、ああ。

沈没船だ。

100年位前に沈んで流されてきた、他国のものを再現したらしい。

マストが折れて、その切り口っていうのかな、それを含めた破損個所が、普通の外壁と同じように苔むしている。大昔に沈んだって言う証拠かな?

金属の部品も、奇妙な形に曲がっている。

嵐にでも、巻き込まれたんだろうか。

ADFの海底ステージの一部なんだよね。宝箱の出現確率がかなり高いという。

まだこのステージで戦ったことがないけど、今から形を調べておくのもいいかな?

歩いてゆっくり近づきながら、そんなことを考えていた。

「どうしたの?」

「あ、あ、はい! 行きましょ! 行きましょう!」

……今はミシロさんのほうに集中だ。

胸がたまに揺れててすごい。

 

でも。

 

直後、事件は起きた。

 

「人間……っ」

 

声が枯れているのに無理矢理に、力を振り絞って出したような、怖さのある響き。

呪われたような、深々としたそれでいて重苦しい苦しみを感じる声。

「誰!?」

「何!?」

誰かいるのか。ネットワーク回線は繋いでいない筈。

驚いた僕達に、さらに驚きが降りかかる。

地響きが起きた。

船が、動き、浮かび上がったんだ。

「うわ、うわ!?」

「これは……滅多に出ないトラップね」ミシロさんが笑う。

「トラップ!?」

「ええ、そうよ。チープなタイトルだけど、“幽霊船長の逆襲”ってところかしら。このステージで100回以上戦った私も、遭遇は初めて……ねえ、ちょっと、戦ってみない? 壊しても問題ないわ!」

「ええっ!? そ、そんな……えー!?」

ミシロさん、こういうの好きなの? それとも、ADFチャンピオンの血が騒いだのか……よ、よし、やってみようっ!

 

 

――――。

 

 

トウヤくんおちんちん……お、思っている場合じゃないわ。

えっと、脱出ポータルをバリアモードにして、砂地に置いて。光を出して、目印に……もしなくなってしまっても、1時間後には時間切れで脱出できるわ。

うん、素敵な海底散歩デートを楽しまなくっちゃ。

 

そう思っていたら、まさか幽霊船長の逆襲……本当に!?

ちょ、ちょっとこれは。

ADF選手として気になるし、トウヤ君とのいい思い出作りになるかも。

頼りになる私を見せるというか、逆にトウヤ君に活躍してもらって急接近……吊り橋効果狙ってます。

行くわよ。

 

ものすごい海流を起こしながら、真っ二つになった船が、多少の隙間を残しつつ合わさり、動き出す。

動力はどうなってるのかしら……ああ、霊力ね。

海中で、ごうんごうんと音を立てて走り抜けていく。

すごい……。

 

えっ?

 

急に、引っ張られたっ!?

何!?

これ、ああっ!?

まさか! 

よりによってっ!!

 

ビキニのボトムが、碇に引っかかっているぅーーーーーーっ!?

 

きゃああああああああああ!?

 

引きずられるっ! 引き回されるっ!!

 

やだあっ! 顔が泥に、あうぶっ!

 

水着と碇を押さえておかないと脱げちゃうからあーーーーーーっ!

 

ちょっと嘘でしょ?!

 

お尻に冷たい碇が、ぐいぐい押し付けられて! 水着に完全に入っちゃった!

 

トウヤ君たすけてえーーーーーーーーーっ!!

 

 

――――。

 

 

 

 

 

――――。

 

 

うわわわわあっ!

 

ミシロさん! ミシロさんーっ!!

 

どうしよう。

 

物凄い速さで海中を走る幽霊船。

その鎖にお尻が引っかかって、ミシロさんが……お尻ほぼ丸出しの脱げかけ状態で、連れて行かれちゃった!

どうしたらいいんだあ!?

あんな速い船に追いつけない!

 

ああ、見えなくなってしまった。

 

……んっ?

 

戻ってくる。

 

うわあああ! 突っ込んでくるぅうううう!!

 

僕一人にめがけてっ!

 

殺す気ぃいい!?

 

うわああああっ!!

 

僕は、海底を蹴っていた。

 

すごい速さで、下の海流を船が通りすぎていく。

信じられない、恐ろしい船だ。

ADF同様、あんな船の体当たりを喰らったら、現実世界でも死んでしまう。

でも、逃げるわけにはいかない。

今も、必死に水着を押さえるミシロさんが見えたから。

……仰向け状態だったな。

必死に水着を押さえている姿が、すごかった。

胸も揺れまくって。

うん。

こ、こんな時でも女のプライドと恥じらいを持っているところが……ああ駄目だやめろ!

ミシロさんを助けることを、考えなくっちゃ!

 

 

――――。

 

 

恥ずかしいぃいいいいっ!!

この私が、こんな姿で水中引き回しだなんてっ!

これがADF本番なら、フーレスト・ショッカーを喰らう以上の大恥だわ!

だって、ドジって! その上女の秘部を隠すために、これ以上の恥を逃れるためだけに必死になって、無様な姿を晒し続けるんだもの!

トウヤ君、笑っているかしら。

ああ、情けない。

なんて惨めな……待って。

 

違うわ。

 

トウヤ君が、今の私を笑うわけがない。

彼なら、きっと心配して、助けようと努力してくれる筈。

だって……そうよ!

 

私も、彼を信じ、最善を尽くさなきゃ!

 

一瞬、上の方に、彼が跳んでいくのが見えた。

この船、急旋回している。

彼の事を襲っているのがわかるわ。

なんて恐ろしいやり方をしてくれるのかしら。

この鎖をどうにかしないと。

しかし、叩いて壊れる太さじゃないわ。

いや待って。この古さなら。

錆びているから。

殴れば壊れる筈!

水中でも、ADF選手の攻撃力に変化はないわっ!!

ちょっと右手を離して……

 

あああだめっ! 水着が吹っ飛んじゃうっ!

下半身裸のブラ一枚なんて、なりたくないわ!!

 

「美女が無様だな。滑稽だな。ぐぶばばばばばば……」

うっ。幽霊船長の声……私を嗤っているのね。くっ!

 

 

――――。

 

 

「男ぉおおお! 砕けろぉおおおおっ!」

「うわあああっ!」

海面近くまで上がってきたっ!

やばい……吹っ飛ばされる!

泳いでくるマグロにつかまって、なんとか逃げろっ!

うわすごいパワー!

身体能力が強化された状態でも引っ張られる凄さを味わうなんてやっぱり違う!

でも、これの背中にしっかりつかまっていれば逃げられる!

……ふう。

他に攻撃法はないのかな?

それなら、一応突進だけの単調な動き、なんとかなるかも。

「男ぉおおお……砕けろぉおおおお!」

「う!」

そんなわけないかっ!

苔と苔の間から、玉が跳んできた!

大砲だ!

水中でも自由に使えるのか……紫のオーラを纏って、どんどんどんっっと!

うわあっ!

死ぬ! これは本当に死ぬっ!

どうしたらいいんだあああっ!

よけまくる! よけまくる! というか、マグロに任せて逃げまわるっ!

 

「トウヤ君っ!」

 

「ミシロさん!?」

 

直ぐ近くを、ミシロさんが通りすぎ……る前に、ミシロさんの肩につかまった!

「あんっ!」

「あ、ご、ごめんなさいっ!」

「いいのよっ、それより早く!」

引っ張る形になっちゃったかな。それに、体に触っちゃったし……い、今はそんなこと言ってる場合じゃないや。すぐに鎖につかまった。苔で滑りやすいけど、なんとか!

う。ミシロさん、水着の中に碇が潜り込んで、突き出てて引っ張っちゃって、お尻がよく見えていて、逆さまになっちゃってて……ぷりんぷりんであわわわわ。

だから、そんなこと言ってる場合じゃないってば!

 

「男……我が船に乗り込むつもりか!」

 

幽霊の声がうるさい。

なんだ、さっきから男男って!

ん? 待てよ?

性別……この幽霊、女だとしたら、フーレスト・ショッカーを試す価値あり!?

よし!

この幽霊船に放つ! フーレスト・ショッカー!!!

 

「あびぼべーーーーーーーーーーーーーーっ!」

 

やった!?

 

訳ないのは、声でわかる。

 

また、ミシロさんだった。

 

「のっぺりーどんばっそっぺーーーーーーー! もろぽろにゃー! もろぽろにゃーーー!」

 

あああ。

 

ああ。

 

狂ったように目を回して、大爆笑の笑顔で舌をベロベロ……両手の人差し指で、頭の横をぐるぐるぐるぐる……うん。

両手を離して、下が脱げちゃったね。

 

ぴゅーーんって飛んでいっちゃう……流れていっちゃう、ミシロさんの水着。大きなお尻をすっぽり包める広い面積の布が、意味なく揺れながらすっ飛んでいく様、なんて哀れなんだろう。う、ごめん。

 

そしてミシロさんはと言えば、うまいこと両足を碇に絡めて、一応無事。

下半身すっぽんぽんで、アソコを碇の曲線に食い込ませながら。

「めろめろめーーーん! めろめろめーーーーん! めろろん! ……はっ」

あ、戻った。

「トウヤ君……?」

ひええ、違うんですーっ!

「愚かな……! 恐怖に狂うとは!」幽霊やめろ! ミシロさんをバカにするなあっ!

ああ、鎖から手が離れそうだよお。

海中をぐんぐんごうごうと、未だに引っ張られて……どうしたらいいんだ。

 

 

――――。

 

 

はあ。はあ。

トウヤ君。最後のギリギリで私の恥ずかしい姿を見てから死のう、と考えたのではないことはわかっているわ。

船の幽霊に能力を使ったのね。

完全裸の下半身を、ちょうどよい曲線を描いているアンカーに押し付けている恥ずかしさは相当だわ……刃物とは言わないけど、けっこうな鋭さで、私のお尻と割れ目にフィットしちゃってるのよ。最悪!

うう、感触が。

けっこーーーー……痛い。くうっ。

で、でも。

このままポータルに戻らなくても1時間後にはホテルに帰れる。でもその1時間、引き回されていては惨めすぎるわ。

トウヤ君。一応、この状況は好転と言える。

私が、水着が脱げる恐ろしさから解放されたから。

そして……能力。

私も使うことにできたわ。

私をバカにしている幽霊さん。最後は、私が笑……少なくとも、貴方にほえ面かかせてあげることはできる!

 

「モンスタードライブ!!」

 

くぉぉっぉおおおおおん!

 

聞いたこともない、衝突のような音が耳の中に木霊した。

 

 

――――。

 

 

うあああ。

ミシロさん、この状況でモンスタードライブを?

頭の中がくわんくわんになっている。脳震盪を起こしそう……。

「ぐごごごごお! おろろろおおおお!」

幽霊の叫び声だ。

ミシロさんの、モンスタードライブのその勢いで、あのすごい勢いで水をかき分け進んでいた幽霊船が、逆方向に引っ張られているからこそのものだよ。

「はあああああああああああああああああああっ!」

ミシロさんすごい!

脚の力も向上している。碇を完全に固定している!

「くううううううううううっ!」

気合の声がすごい。あ、でも。

「う!?」

「!?」

ミシロさん……

「口から出る泡が、体の下を通って行って、なんていうか、お風呂でしたオナラみたいです」

 

……。

 

「ばかああああああああああああああああああああああああっ!!」

「ごめんなさあああああああああああああいっ!!!」

なんでこんなこと言ってしまったんだっ!

ミシロさんが試合中に、うんちを漏らしたことを思い出してしまったから!?

ミシロさん自身も思い出したのだろうか、物凄い顔をしている!

いや、完全に僕のせいだあ〜〜!

「うぐぬっ、ぐぬっ、ごおっ! ごおおあっ!」

で、でも、幽霊の声も苦しそうだ。ミシロさんを嗤う余裕もないって言うか。

それでも続く、壮絶な綱引きならぬ、鎖引き。

がっきりっ! と音がした。

 

お。

お、

鎖が、ちぎれかけている。

それも、ミシロさんのお尻のすぐ下だ。

ぷりんぷりんのお尻から泡が……穴から出ているように見えて……だから、だめだってば僕! いつまでやるの!?

「えええいやあああーーーーーーーーーーーーっ!!」

僕は、渾身の蹴りを、二人のパワーで伸びきってひん曲がった鎖の一つに、放った。

 

鎖は切れた。

がりん、って言うか、ごんりんっ、と音がして。

「あっ!?」ミシロさんの声。

「ぐお!」幽霊の声。

やった!

そう思ったけど、それは間違い。

二つの、驚異的な勢いを放っていた存在は、それぞれが引っ張っていた方向に、飛んでいった。

ただただ離れるだけかと思っていたのは浅はかだった。いや、なんで気づけなかったの僕は!?

「きゃあああああああああああ!」

「ぬんぐうううううっ! お、男ぉおおーーーーーーーーーっ!!!」

 

 

その後、もっと大きな音が響いた。

幽霊船がどうなったのかも気になるけど、ミシロさんを助けに行かなくちゃ!

 

 

――――。

 

 

トウヤ君!

こんな時になんてこと言うのよ!

私が……ま、まるで、オナラジェットで飛んでるみたいじゃない!

下品なこと考えさせないで! 恥ずかしすぎる!

って!

きゃあ!?

鎖が……切れた!?

トウヤ君! 蹴ったわね!?

あああああーーーーーーーーっ!

モンスタードライブを全力以上のパワーで放った反動がああーーーーーーっ!

弾丸のように水の中を飛んでいく私!

ちょ、ちょっと、嫌よこんなの!

ブラ一丁の下半身丸出しで……オナラジェットで飛んでいくように見える私の格好なんてーっ!

試合ならだれにも見せられないところよ!?

いや、既にそれ以上の姿を見られまくってはいるけども……

 

あーーーーっ!

 

あーーーーーーーーーっ!

 

もーーーーーーーーーーーーっ!!!

 

 

 

私は、下半身を残して、海底の泥に埋もれてしまった。

トウヤ君がしばらくしてから、引っ張り出してくれた。

この、無様な格好を。

脚は開いてなかったわよね?

あ、お尻に手が! きゃ!

 

 

……トウヤ君だからいいけど。もう。

 

 

やだ。

 

 

――――。

 

 

お、お尻すごかった……むにゅううううって。

ミシロさん、赤くなって目を泳がせて、何も言わなかった。

ホテルの部屋に戻ってからも、食事をしたときに使ったテーブルについて、また二人で沈黙していた。

ふう、はあ。

やっぱり、この沈黙は辛い。

何か、話題を。そ、そうだ。

「それにしてもミシロさん……鎖運悪いですね」

「え……」

「ほ、ほら、月とか、ゴッツとか。いつもミシロさん、鎖で苦戦するイメージが」

あれ? ミシロさん。

ちょっと、眉が吊り上がってますけど?

ちょっとの沈黙があって。

「……どちらかというと、君と相対した時の方が調子が悪くなると思うんだけれど?」

ひええ藪蛇っ!!

「ごめんなさあいっ!」

「もう、いいのよ。はあ……全く」

「ごめんなさいっ! ごめんなさいっ!」

「……ねえ」

「はいっ!」

あれ?

ミシロさん、今度は急に……目が、違う。

優しいというか、なんというか。

顔、赤いですけど。

 

「……そろそろ、寝ない? 二人で」

えええっ!?

 

 

――――。

 

 

お尻をむにって掴まれて。

ちょっと……はんっ。

あんっ。

体が熱くなったの。

うん。

くう。

あんっ。

んっ。

でも。

二人のベッドでは、結局何もしなかった。

出来なかったというべきかしら……はあ。

でも、楽しかったわ。

トウヤ君の寝顔、可愛かったもの。

それに、決意することができた。

焦ることはないって。

彼を信じられることに気付いたから。

そう思えただけでも、良かったかも。

 

 

また、二人でどこかで……ね?