喫茶店。外国ではカフェというらしい。

黒い木材で造られた、なんかお洒落な空間。シャンデリアとかガラス細工とかきれいだし……

「あ、あの」

僕の目の間にいるのは、疑似空間バトル大会、ADFのチャンピオン、ミシロさん。

すごくきれいな女の人。きりりとしていてカッコいいし……

僕は、ADFの選手になってまあまあ経ったけど、未だに芽の出ない下級選手。

でも、最近、とんでもない能力に目覚めて……もう考えたくない。はあ。

向かいの席に、ミシロさん。僕の声が聞こえたのか聞こえてないのか、無言でブラックコーヒーを飲んでいる。僕はかなりミルクと砂糖で薄めたカフェー・ラテェという甘いの。うう、大人の女の人に対して、お子ちゃまなところが情けないよお。

ミシロさんは、白いテーブルに白いカップをことりと置いて、僕を見やった。

「う」

「トウヤ君」

「は、はいっ」

……。

数秒の、静寂。とても長く感じられたような。いや、密度の濃い苦痛がこの短時間の中にあったような。そんな気がした。

ミシロさんが、もう一度、コーヒーを口にした。僕は何もできない。

再びカップを置いてから、ミシロさんはようやく、重く口を開いた。

「よくも私に、あんな“恥”をかかせてくれたわね」

「う、うわわわっ! ご、ごめんなさいいいいいいっ!」

やっぱり怒ってるうううっ! 当然だよねええええええっ!!

「最悪の屈辱だったわ……ADF内でのことは、一般社会に適用されない……とはいえ、外も歩きたくなくなってしまったわ」

「ごめんなさいごめんなさい!」

その場で土下座しそうなくらいだ!

でも、あんまり目立つと……僕とミシロさんが一緒にいるってわかってややこしいことになるかもしれない!

店の曲と、僕の心臓の音がなんかうまいことセッションしてるぅうう!

やばい! まずいよお!

 

「……どうして謝るの」

えっ?

「あの能力の最初の発動は、突発的なものだったわ。貴方も何が起こるかわからなかったはず。それに、次に使った時も、私を助けるためにしてくれたのよね?」

「う……」

「そして、あの能力は、おそらく女性にしか効かないのよ。だから、あの時彼等には効かず、私と……男装していたリベル・ラマロサには効いたと言うことね」

確かに、その通りだ。

そういうところを冷静にわかってくれるなんて、流石だ。

他の人たちは僕が完全にわかっていて、わざとミシロさんやリベルを馬鹿化したんだ……というような言い方をしているから、理解してくれる人が居るのは本当に嬉しい。

ここで、ミシロさんの表情が、ふいに暗くなる。

「貴方はデビュー戦で、私に早々に倒された。そして前回の試合でも、私の攻撃で……その」

ミシロさんはちょっと視線を床に落として、手を口の前にやった。

そして、小さく、

「……おもらしさせちゃったじゃない?」

う。

忘れていた心の傷だ。

「お互いさまと言えば、そうだわ。貴方が私に恨みを抱くのは当然なのに……」

「う、あ、そ、そうです……ね」

実力の世界で、そんなことを恨みに思うつもりはない……ミシロさんだって、ただ真面目に戦っただけなのだから。とはいえ、そんな建前は、さすがに。

「なのに、貴方は、今回の試合で私を助けてくれたわ」

えっ。

急に、胸が温かくなった。

ミシロさんの目が、まっすぐ。

なんだか、どきんとした。

こんな美人に見つめられたんだから当たり前か。

店内の曲が、ちょっと盛り上がった。

「……そういうところ、格好いいと思う……わ」

……えっ?

小さく言った事、今の、え?

聞き違いかもしれないから、なんとなく聞き直せない。

えっ、まさかあ、と言われるのが恐くて。はあ。

ミシロさんの視線が、落ちた。

「というか……」

ミシロさんが、砂糖もミルクも入れていないコーヒーに目を集中させ、スプーンでかき混ぜ始めた。手が速い。でも、口調は遅い。

じっとりした会話が、続いた。

「あの……」

「は、はい」

「あのね……」

「はい」

「……うう」

「?」

「つ、次の試合、一緒に頑張りましょう」

「へ?」

「徒党を組んで戦うのも、ADFでは重要な要素よ。私と組めば、君ももう少し勉強になるだろうし……ね? 一緒に」

ミシロさんの目が赤い。頬も赤い。

ちょっと、口元が緩んでいる。

店内の曲が、聞こえない。

……かわいい。

これまで二度も恥ずかしい姿を見てしまった相手が、僕を助けようとしてくれている……?

僕の心臓が……揺れている。

 

おもいっきり、叫びたくなるような変な感覚にとらわれて……

 

「……ありがとうございます。よろしくおねがいします」

頭を下げていた。

「そ、そう。受けてくれてよかったわ……ね」

目が合わせられなくなった。ミシロさんは、どんな顔をしていたのか。

二人でそれぞれのコーヒーを飲んで、その場はそれで終わった。

 

 

「さあー、今日もADFが始まります! 司会のMr.フューチャーでぇす!」

歓声の中、フィールド上空に浮かぶ一つの影。Mr.フューチャーがいつも通り、観客を盛り上げる。

「今回も注目ですよ?! チャンピオンのミシロ・ライメイに、スナオ・マリーナ、ドS騎士グラン・ローダス! シナク・トラムス……人気選手が出場しまーーす!」

それぞれの名前が、観客によって叫ばれる。ここで名前の挙がらなかった人たちも、どこかで細々とその名を呼ばれている。僕の名前も挙がっているんだろうか。挙がっていたとしても、まともなファンじゃないと思うけど。

「そして、出場を取り下げたリベル・ラマロサの代わりに、この男が来てくれたあー!」

リベルが出場を取り下げた?

前回のショックかなあ……ずるい人だったけど、こうなると責任を感じてしまう。

そして、代わりの選手って言うのは――?

「ゴッツ・ボーガン!!」

ワアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーーーーーッ!!!

と、ものすごい大歓声がスタジアムを真っ二つにしそうな勢いを持った。

ゴッツ・ボーガン。ゴッツ・ボーガンと言えば、巨大な岩の塊のような筋肉を持ち、圧倒的なパワーで1対他の戦いも完全制覇してしまう、伝説的な元チャンピオンだ!

ある日、理由はわからないけれども急に試合数が減って、自分から王座を返上したという。

その後、ミシロさんがチャンピオンになったわけだけど。

「ミシロはゴッツがいなくなったからチャンピオンになれたわけだろう?」

「かと言って、ミシロがゴッツに敵わないというわけでもない、俺のデータでは、この二人が戦うと、様々な夾雑物はあれどミシロの57敗という記録だからな」

画面では、観客の中でも有名なデータ職人、ジョウ・アガテーさんがクローズアップされている。たまに特集番組にも顔を出すすごい人だ。

 

「では、これより試合開始といたします! 今回のフィールドはぁああ……紅葉の森! さあ、頑張ってくださいねーっ!」

 

Mrの声と共に、僕達は別世界へと送られる。

紅葉の森……戦いの場には似つかわしくないけれど、その美しさから人気のあるステージだ。

木々や、枯れ葉をうまく利用して戦うのがセオリー。

ハイジャンプして上から見たら、すごくきれいなんだろうな。赤と黄色が一面に広がって。本当にやったら、狙い撃ちされるんだろうけど。

ミシロさんやゴッツも、どこかにいるんだ。

ミシロさん、組もうと言ってくれたけど、どこにいるんだろうか……。

合図を考えておけばよかったな。あの時はちょっと色々と……やめとこう。恥ずかしくなってきた。

今はそんな場合じゃないよね。

 

不意に、音がした。

「誰?」

誰、と言われて答えるのは、強い敵か、味方か、賢くない敵。それか……いや、僕が弱いから誰でも当てはまるよね。

後ろから、落ち葉を足でかき分けてきたと思しき相手は、こう答えた。

「誰でもいいでしょう?」

う。

女の人だ。

確か、セイラ・カイテン。

ちょっと逆立った短髪が特徴で、スポーティーな服装をしている女の人。

年は18だったかな……?

「変態な、ふざけた能力で女を傷つける……引退するべきなのにしない。私が二度と出られないようにしてあげるわ」

「う」

やばい。女の人たちが僕を目の敵にするのは当然だ……ミシロさんを尊敬している人に、リベルのファンになってて夢を壊された人が、たくさんいる筈。後者はやや逆恨み感あるけど、この場では関係ない。

でも、僕だってもう、戦えないわけじゃない……! 能力はあまり使いたくないけど。

「みんな、ここにトウヤ・ササギリがいるわ! 来て! 来て!」

え?

すると、木々の間から……次々と、女の人たちが現れた!

既にこんなに仲間がいたの!?

5,6,7……全部で、7人!

観客席から、それぞれの名前が聞こえてくる。「テニーちゃんだ!」とか「ミルレだー!」とか。

「カンナ様がトウヤのところに行っちまったー!!」というのもあった。

セイラが仲間を見回した。

「集まったのはこれだけ?」

「皆、他に行ってしまっているようね」

しかも、ここにいるだけで7人と言うこと!? じゃあ、後から増援が来るかも……!?

「おおっとー! 対トウヤを意識して、大勢の女性選手が徒党を組んでいたようです! これはトウヤ、今回もあっさり敗北かー!?」

Mrが言う。ううー。でも、否定はできない……。

観客席から声がする。

「やれー! トウヤー!」

「全員まとめて、馬鹿化しちまえー!」

「フーレスト・ショッカーを見せてやれー!」

下劣な男性の声……僕を応援しているのではなく、女の人たちの恥ずかしい姿が目的の声。

彼らの言う通りにはしたくないけど……ん? フーレスト・ショッカー? 僕の能力の名前そんなだったっけ?

「さあー、7人の女性選手対“馬鹿化アーティスト”トウヤ・ササギリ、一体どうなるのかー!? フーレスト・ショッカーは複数人数に使うことができるのか!? これは注目ー!」

ちょっと緊張した雰囲気になってるけど……いや馬鹿化アーティストって何!?

ああもお、とにかく……う、囲まれていて逃げられない……!

「行くわよ!」

「一斉攻撃ーーっ!」

「う、うわああああーーーーーっ!」

大勢の女の人たちが、一斉に拳、手刀、蹴り足、光の爪……それぞれの攻撃技で僕に飛び掛かってきた。

どこへ逃げても、少なくとも5発は当たる……そうなれば、絶対に負けだ。

やっぱり、能力……フーレスト・ショッカーに頼るしかないのか?

でも、大勢をいっぺんに馬鹿化できるかはわからないし、もしできたとしても、また多くの敵を作ってしまう……だけど、勝たないとミチャを助けられない……

 

――トウヤ君っ!!

 

不意に、声が聞こえた。

そうだ。

ミシロさんとも組もうって、約束した。

徒党を組むのは当たり前。

気に入らない相手を、集中攻撃するのも許されている。

弱い相手を、一瞬で葬り去るのも。

勝つことが、この戦いのすべて。

だったら、僕が能力を駆使するのも……

それが、たとえどんな力であっても……

あーーー! 

こじつけだよこんなのおっ!!!

やっぱりだめだよこんなのはあああああああああっ!

 

と、思ったところで。

 

僕が能力を駆使すのも……のあたりで、ちらっと念じてしまったらしい。

能力解放。

 

「あっぴゃらぴゃー! ぺってんばーーー! あたしばかー!! おならぶー!」

……“スポーティーファイター”、セイラ・カイテン。名前の通り回転しながら、顔はべろべろばーって……最後にお尻を突き出した。

「ぼーぼー! けぼーぼー! ひぼーぼー! 毛に火がついて、ぼーぼーびぉおおーーー!」

“お嬢様アタッカー“、カンナ・ヒョウカ。ドレスの裾をおもいっきりまくり上げて、パンツを下ろし……生えてない股間の毛を強調した。

「びゃあああああああああああああああ! びゃああああああああああああ! びゃあああああああああ!」

“貴婦人バトラー”、ミルレ・テンメイ。鼻水を垂らしながら、直立不動でただただ上を向いて叫ぶ。

「てにってにってにってにっ! どっぺるげんがー。しょうこうぐんっ! どっぺるげんがー。しょうこうぐんっ!」

ポニーテールのテニー・ロウター。ポニーテールを振り回しながら、がに股で横っ飛びに跳びながら、変な歌を歌う。

「がりがりー! がりがりー! お尻をがりがり! おしぎをがぎがぎ! ぎゃあああいたいーーーーーーーーっ!!」

“光の爪”……ナーバ・テーツカ。自慢の爪で、お尻をひっかく。正気に戻って痛そうだ……うわ、スカートも刻まれちゃって、血だらけのお尻がほぼ丸出しだあ。

「自慢のおっぱいよくごらんなさい! 爆乳パーンチ! どおおおおあああああ!」

“ウォーリアー”サルカ・モンタナ。ストイックなレオタード姿のお姉さん……普通にレオタード脱いで、ブーツとグローブだけの姿に……そして、おおきなお胸をそれぞれの手で持ち上げて、本当に連打のように前後させていく。

「ママー! ママどこなのー! あー、いたー! ママだよーママだよー! ママぁオムツとりかえてくだちゃーい!」

ツインテールのポピク・セーニャ……木に抱き着いて甘えるように……体をごしごしと押し付けた。

全員、大口をあけた間抜け面。

その中心で、僕は……なんていうか、いたたまれなかった。

「はあ……」

と。

「すげーーー!」

「やっぱり全員に使えるんだ!」

「周り全体に行き渡ってるのか、範囲を選べるのか……?」

観客席の盛り上がりが、すごく空しく響く……。

そこに、聞き慣れた声……バカ声が聞こえてきた。

「あっぴゃーーーーーーーー!」

「げ」

ミシロさん……木々の間からやってきて……元気よく行進をし始めていた。近くにいたのか……。

右手でしっかりと木の枝を持って突き上げ、まるで旗を振っているかのよう。左手を腰に沿え、右足、左足を交互にしゃきっ、しゃきっと伸ばして歩いている。パレードの行進を、デフォルメしてバカにした感じの動きを……顔を赤くしながら、目を嫌らしく笑わせ、鼻の下を伸ばして……上の服をまくり上げて、胸を出して近づいてきたんだ。

「おっぱいまつりの大行進! 私、おっぱいには自信ないけど、友達が勝手に応募しちゃってー!」

うわわ、なんかちょっと意味の通ったことを、落ち着いて言うようになっている!? 僕の周りを回って……やることもなんか変わってきてる気がするー!

「自信ないとかうそだろ」

「うひひひ、流石トウヤさん」

「いいぞーもっとやれー! 今度こそマリーナちゃんだー!」

観客席もまた盛り上がってるし……う、ううっ。

目の前で大きな丸い胸が上下に揺れ動いて……先端のピンクもそれにましてぷるるってしてるし……あああっ。

「この変態ーーっ!」

「!?」

後ろから、鋭い痛みが僕を襲った。

痛い……!

そうだ。さっき、唯一痛みのせいでか正気を取り戻した……ナーバ・テーツカ。特殊能力の、拳から伸びる光の爪が、僕の背中を切り裂いたんだ……!

「絶対許さない、殺すっ!」

振り返った時には、二撃目。

丁度、ナーバが振りかぶったところだった。

まずい。

次は首だ。

また負ける。

馬鹿化が途中で解けたから……と思ったら、またナーバが馬鹿化した。

少しでも、馬鹿化に対してポジティブな気持ちになったら使ってしまうんだろうか……?

「こあーーーーーっ! ぶっはー!! どっぱーーーー! ぞんばばばばーーーーー! 顔ぶっちゃーーーーーーーーー!」

今度は、爪を使わないバカ行動だった。自分の顔を、両掌で押しつぶしてブサイクにするというもの……。

「何をしてるの! 攻撃よ!」

「はっ!?」

み、ミシロさん!? ミシロさんの声だ。

そうだ、攻撃すれば賞金につながる……んだった!

ミシロさん、もう正気に戻ったのかという考えを心の片隅に置きながら、僕は全力のパンチを、ナーバの横から潰された顔面に叩き込んでいた。

「あぼぶっ!!」

……初ヒット。

デビューから10戦近く使って……攻撃が、初めて敵に当たった瞬間だった。

「ぶ、ぶっちゃあああ……」

……これで、ナーバ・テーツカは敗退となり、その姿はバーチャル空間から消え去った。

「や……やったーーーーーーーーーーっ!」

僕は、拳を天に放っていた。

飛び上がって喜んだ。

やった、やった!

と。

この戦いのさなか、まずいまずいと思いながらも、この歓喜は止まらない。

ミシロさんに肩を抱かれ、やめなさいと言われるまで、僕は飛び跳ね続けた。

というか、いつの間にか、他6人はミシロさんに倒されていた。ミシロさんも、胸を仕舞っている。

いくらかの盛り上がりの中、Mrの叫び声が場内を反射する。

「ついにトウヤ・ササギリ、相手を倒しましたーーーっ! 馬鹿行動をさせてのパンチは強力です!」

そしてジョウさんの解説が入る。

「不意討ちにも近かったな。馬鹿行動をしている間は脱力しているだろうからな。不意討ちは、大の大人を子供でも倒せるほどに有利を与えるものだ」

そうか、フーレスト・ショッカーは、そういう力も……なら、女の人に恥ずかしい想いをさせることなく、勝てるかもしれないってわけだ!

 

「……それにしても、ミシロはなぜトウヤを助ける? あれだけのことをされておきながら……一人でゆっくり報復するつもりなのか?」

 

ミシロさんと、この場で出会えた。これから、もう少し有利に戦えるだろうか。

「あ、ありがとうございます。ミシロさん」

「いいのよ。共闘を誓った仲でしょう?」

「は、はい」

ミシロさんは、静かな雰囲気だ。小さな笑みがとても美しくて。

はあ。

思わず、心の中でため息が出る美しさだ……。

バックになっている紅葉の木々が、とても絵になっている。

この姿を独り占めにしている僕。一応のファンになった男の人たちを、敵に回してしまいそう。

「……助けに来た私に、また恥をかかせてくれちゃって」

あ、わ!?

「ご、ごめんなさいごめんなさいっ!」

必死に頭を下げる僕に、ミシロさんは笑った。

「いいのよ。彼女らに隠れて貴方を助けようとしていたから。貴方も気づいていなかったのはわかっているから。情けないのは確かだけれど、貴方に対して怒りの念を抱くことはないわ」

「あ、は、はいっ」

よ、よかった。

ミシロさん、本当にきれいで優しくて頭もよくて。

まるで女神様だ。

チャンピオンに相応しいよね。

 

 

「何をしているミシロ……」

 

 

野太くて、力強い声が、僕の心に巨大な氷塊のような、不安な冷たさを生んだ。

「……ゴッツ」

山のような筋肉が、僕達を見下していた。

肩が丸く、膨らんでいる。まるでバランスボールのように、大きくて、ソフトだ。

日に焼けたような、やや黒い肌。上半身は、一瞬鎧に身を包まれているように見えるけど、分厚い筋肉……そして、X字状に巻きつけられた、頑丈なチェーンで守られている。

短い髪。

三角形のサングラス。

きつきつのジーンズ。下半身の筋肉に押し広げられて、今にもはちきれそう。切れたら困るけど。

元チャンピオン……ゴッツ。

怒りの混じった吠え声を、僕達に浴びせた。

「このような小物に関わるな……チャンピオンの名に恥ずかしいと思わないのかっ!」

スイカが入りそうなくらいの大口を開けた……ように見えた。

空気が吹き飛びそうなほどの、物凄い声量。

太いがっしりとした歯が、綺麗な弧を描いて並んでいる。

首の筋肉が引き締められて、血管がごぶごぶと浮き出た……。

迫力に圧倒されて、僕は一歩引いた。

横にいるミシロさんも、目を開いてその挙動を見守っている。

一滴の汗が額に浮かんでいる。

それほどに恐ろしい相手なんだ。

そして、この大男は、僕とミシロさんが組んでいることに対して怒りを見せている……。

「来い」

ゴッツが近づいた。ちょっと近づいただけで、一回りも二回りも大きく見えた。

影が僕達を覆う……影に関わる能力があったら危ないところだ。でも、ゴッツの能力は、確か。

「ぐうううおおおおおおおおああーーーーーーーーーーっ!」

鎖分銅。

上半身に巻かれた鎖を外して、長い一本の鎖にする。その両端に、能力で発現した、ボーリングの玉くらいの大きさの、鉄球がつく。そう、自分の手に持っている物に、鉄球を付加する能力なんだ!

これで相手の頭に鉄球をくっつけて動けなくしたりとかって戦法も見たことがあるけど、そういう正攻法でないやり方は嫌いだって言うことで、一度しか使っていない。

だから、僕みたいな能力を使う選手が嫌いで……しかも、正攻法の技モンスタードライブを使えるにも拘らず僕と組んだ……というか、助ける真似をしたミシロさんを、怒っているんだろう。

ゴッツは、下半身を開き、上半身を振り回した。しかし、無駄な動き、大仰なところは一つもなく、器用に鎖を操って、攻撃を繰り出すんだ。

その一撃、いや、二撃は、ミシロさんへと飛んでいった。

片方の鉄球が、前からミシロさんを、もう片方が、頭上から襲う。

「ふっ!」

それに対してミシロさんがしたのは、前から来た鉄球の、その上側に飛び込むこと。

そして、そのつま先が、鉄球の上に乗った。

物凄い低姿勢で、伸びきった鎖の上を走る走る!

流石、すごい!

「はあっ!」

「ぬうっ!」

ごぎっ、そんな音がして。

サングラスが割れた。

ミシロさんの右膝が、ゴッツの顔にめり込んだんだ。

サングラスは一発で砕けた。

鋭い視線が、現れた。ぎんぎらの目だ。

しかし、ゴッツ自身は、倒れたり、声を上げたりはしなかった。

ヒット&ウェイ的に、跳ね返ったボールのように、ミシロさんは、僕のすぐ横に戻ってきた。

表情は、さっきと同じ。

「ミシロさん」

「気を付けていて。かと言って、この場を離れないで。どちらにしろ危険なら、私と一緒に居たほうがいいわ」

……っ。

静かになった。

Mrの声が、聞こえてくる。

「ああっとお! またしてもチャンピオンミシロが、足止めを食っているー! ポイントが稼げなければ、優勝を誰かに持っていかれてしまいますー!」

「あっ、そ、そうだった! ミシロさん!」

僕がはっとして声を上げたけど、ミシロさんは表情を変えなかった。

今は、この場をどう収めるか……ゴッツをどう倒すか、それしかないと物語っているかのように。

鎖分銅は、そのほとんどが地面についている。

ゴッツはと言えば……鎖の折り返し部分を、上に向けた指先に絡めたまま、仁王立ちの構えをとっている。

次の攻撃に、移る気があるのか、なんとなくわからない。

「腕は衰えていないようだな……1年ぶりか」

「あなたも、ね。むしろ、二人とも同じだけ、成長しているものと思っているわ」

強者の会話。

でも、思い出話をするつもりは、二人ともないらしい。

鉄球が、また地面から跳ね上がった。

「ううううわわっ!!」

ほとんど問題外の僕だけが、慌てて叫んでいた。

いや、問題外じゃなかった。

次のターゲットは、僕だった。

「だからこそ!! 邪道の者には去ってもらわんとならぬのだ!」

「っ!!」

地面から跳ね上がったと思った鉄球の軌道が、斜めに、僕の顔に向かったものに変わった。

しまった。

対応できない。

僕の顎が砕ける瞬間を想像してしまう。

その時には、ゲームオーバーだろうけど。

一瞬、すごい痛みが来るんだろうな……やばいっ。

「トウヤ君っ!」

!?

ミシロさん。

ミシロさんが、横から出てきて、鉄球に跳び蹴りを入れた。

その進行方向に対して、真横から蹴りを入れることで、完全に軌道を逸らした。

さらに、ミシロさんは動いていた。

「いいいぃいいやあっ!!」

回転。旋回。

空中で風車のように回って、さらに自分の後頭部を襲っていたもう一つの鉄球を、上からつま先で蹴り込んで、地面へと落としたんだ。

「流石だな!」

「いやぁあーーーーーーーーーーっ!」

再び、ミシロさんが、敵の懐に飛び込んだ。

ここで、ゴッツの手から、鎖が離れた。

始まったのは、格闘戦。

パンチ、キック、肘、膝。

スピードの乗ったミシロさんと、パワーあふれるゴッツの打撃がぶつかり合う。

時折、ボディに打ち当たる……。

それが5秒も続いたころ。

ダメージの差が顕著に出はじめた。

ミシロさんは、どうやって5回勝つことが出来たんだ? と思えるほどの差が出ていた。

一撃一撃の、ダメージ量が大きすぎるんだ。

「ふはあ……はあっ!!」

疲れた顔で、空気を吐き出すミシロさんの声。大してゴッツは、表情一つ変えていない。目をぎらつかせたまま、再びパンチを繰り出した。

「前言を、撤回したほうがいいようだな!」

「くっ!!」

よけきれず、ミシロさんは弾き出された。枯れ葉の上に、落ち込んだ。

「消えい!!!」

「うぅうっ!」

ゴッツが、脚を揚げた。

ミシロさんが横たわって肘をつき、うまく動けないところに、踏み潰しの攻撃を仕掛けるつもりのようだ。

これに踏み潰されれば、頭がぺちゃんこになってしまうだろう。

それは……できない!

「うわああーーーーーーーーっ!」

僕は、無謀にも飛び出していた。

「む!?」

僕が、来るなんて思っていなかったんじゃないだろうか。

だから、ゴッツは対応できなかったんじゃないかって。

それは、間違いなのかもしれない。

僕のパンチは、ゴッツの膝の、横から当たって……砕けたから。

「うあああああーーーーーーーーーーーーっ!」

「少年よ……何を想い戦うのか」

悲鳴を上げる僕に、ゴッツは脚を浮かせたまま、冷静に言い放った。

最初から、こうなると分かっていて、わざと受けたのか。

普通なら弱点の筈の、関節のつなぎ目で。

気合を入れての全力パンチを。

砕いてしまえるって、わかっていたのか……!!

強すぎる。

僕は、ADFをやめようかと思った。

ミチャを助ける方法は……他に考えられなくは……ない。

ないよね。

たぶん。

賞金はもう、たぶん、稼げない。

さっきので、もう終わりだ。

稼げなければ、ここにいるのは、何もしないのと同じだ。

 

「くぅあああーーーーーーーーーっ!」

 

声が、跳んだ。

ミシロさんだ。

ミシロさんが、敵に向かって飛んでいた。

「はああああああああああああああああああっ!!!」

そうだ。

これがあった。

モンスタードライブ。

これが、ミシロさんが最強の敵に勝てる理由……か!

「むううっ!!」

ゴッツの表情が変わったのを、僕は見逃さなかった。ギラリとした目が、その恐い光を失い、ミシロさんの輝きに奪われる。

踏みつけのために浮かせていた脚をすたっと落とし、両手を持ち上げ……間に合わない! その強烈な体当たりを、顔か胸に直撃してしまうだろう!

 

「……命中―――――――――――っ!!!」

 

Mrの声が吹き荒れた。

この戦いを、おそらく叫んだり、固唾をのんで見守ってきた観客の声が僕の耳に届いた。

爆発のように。

ミシロさんは勢いでもう少し斜め上に飛び、同じ方向にゴッツも、後ろ向きに飛んだ。

そして、落ちた。

二人とも。

え?

二人とも?

 

「おおっと、モンスタードライブが当たる寸前、蹴り上げがミシロの腹を打ったぁーーーっ!」

 

ミシロさんは、膝を着いて。

ゴッツは、仰向けに。

「な、あっ、うそっ、くっ、ああ……ああっ!?」

ガクガクと、ミシロさんは震えている。

「ぐぬおおおお……出て……しまったか……!!」

ゴッツが、体をのそっと起こして、腕を上げ、そして、立ち上がった。

ダメージは、少ない?

それに対して、ミシロさんは、動くこともできないでいる。

そんな。

「無念……」

悔しそうな顔だ。ミシロさんを一直線に見下ろして、無念そうに拳を握り震わせている。

「私……そんな、私……っ!」

「……え?」

この匂い。

鼻を衝く、下品でおぞましい匂い。

トイレの中でするような……あの匂い。

まさかっ!?

「ああっとミシロ、涙と鼻水を垂らしてうずくまってしまったーーーーーー!?」

Mrの声。

男女問わずに、ものすごい大きな声。まるで爆弾がはじけたような、すごい声。

「これは……そんな!」

「そんな、私、急に……嘘よ……っ!!」

「……」

Mrや観客は気が付かなかったようだけど、僕とミシロさん、そしてゴッツはわかってしまっていた。

ミシロさんが、うんちを漏らしたことに。

おしっこも。

黒いズボンに、さらに黒い染みができる。お尻の下のの落ち葉が、茶色く濡れている……下痢。

「ああ、あああ、あああああ……!?」

胸を押さえたミシロさん。これは……む、胸の二か所も、ちょっと染みが出来ている!?

ミシロさんはうち伏せて、動けない。

「ミシロ……済まぬな」

「!?」

ゴッツが、謝った。

「俺は、あの日、この能力に目覚めてしまった。対戦相手を辱める最低の能力にな。最初は、俺の力に負けて、無様を晒してしまったものと思っていた。だが、俺が戦う相手が、悉くお前と同じになってしまった……だから、俺はこの1年、この力を抑える修行をしていたのだ。だが、少しでも意識すれば発現してしまうこの能力……お前のモンスタードライブに対し、使用してしまったというわけだ」

ゴッツの能力……おもらしさせる能力?

というより……

 

「対戦相手の体内から、液体を放出させる能力だあーーーっ! これは残酷ぅーーーーっ!!」

 

Mrの声と……観客の声が……爆音になった。

「私……私、またこんな……ぐううっ、ぐううっ!」

能力のせいでこうなったとはいえ、必殺技中におもらし。下痢便。そのせいでなのか、威力が削がれた……? そんな憂き目に遭ってしまっては、ミシロさんの気持ちが壊れるのは当然だった。

僕は、その場にうち伏せるミシロさんを見ているしかできなかった。

ゴッツが、鎖を拾い上げた後、背中を見せた。

「……俺は棄権しよう。やはり、この場に戻るべきではなかったのだな」

「!」

ミシロさんが、びくっと震えた。

一声も、発しない。

完敗したようなものだ。

格闘戦に敗れかけ、僕の乱入に助けられ、相手の能力で恥をかき、そして、その高い精神性によって情けをかけられた。

二度とリベンジのチャンスは生まれない。

立ち直ることのできない屈辱を、ミシロさんは受けた。

だめだ。

ここで終わらせては。

絶対に。

 

うあああああああああああ!!

 

「待てっ、ゴッツ!!」

「なんだ?」ゴッツが、振り返った。

「おっと、トウヤが動きましたーっ!」Mrの実況。

「僕と勝負しろっ! まだ終わってないぞぉおおおおっ!!」

僕は、自分が何を言っているのかわかっているつもりだ。

でも、さっきよりも無謀な状況だった。

でも、やるしかない。

ミシロさんを傷つけて去っていく大男が、許せなかったのかも。

少なくとも、何もできずに終わるのは絶対に嫌だ!

そう思って、まだ振り返り切らないゴッツの背中に向かって、キックを。

 

しるるるるる……そんな音がした。

 

びだんっ、

金属の匂いと一緒に、僕の顔の、肌の中、赤い肉の中に、鎖が打ち込まれた。

キックが当たる前に、鎖の一撃を喰らったんだ。

鞭のように。

ぼくは、ふっとんでいた。

 

ざあむっ

枯れ葉を巻き上げ、僕はその中に埋もれた。

落ちてきた枯れ葉に、埋まったんだ。

「消えよ。お前も俺と同じような、最低の能力の持ち主……本当は、自分でも恥じているのだろう?」

「……っ」

言葉が出ない。ピクピクと震えるだけ。視界には何もない。黒だけだ。

「さらばだ」

ゴッツの、最後の声が聞こえた。

 

終わった……。

 

いや。

 

終わっていなかった。

 

最後の声でも、なかった。

 

「ゴッツ……待ちなさい。まだ敵を倒せていないのに棄権だなんて、そんな臆病は許さないわよ」

「何」

ミシロさんが、立ち上がる声。そして、ゴッツの驚く声が聞こえた。

 

「ええええああああああああああああっ!」

視界は真っ暗なままだけど、どうなっているのかはわかる。

ミシロさんがゴッツに飛び掛かっていったんだ。

ズボンを濡らしたまま。

最悪の姿のまま。

前回も、前々回も……とんでもない姿のまま、僕を吹き飛ばしたのと同じ。

そうだ……ミシロさんは、こんなことで負けたりはしないんだ!

しかし、聞こえてくる声と実況は、そう都合のいいものではなかった。

「甘いわああああ!」

「ううっ! あっ! くあっ! ああっ!」

「ああっと、ミシロの攻撃にキレがない! ゴッツの新能力による精神ダメージと、先程の膝蹴りによるものでしょうかー!」

 

あああ。

 

だめなのか。

 

ここまでやっても。

 

ゴッツ……なんて底知れない相手なんだ。

 

ミシロさんを助けることは、できないのか。

 

このままでは、ミシロさんが。

 

今回の広報の見出しが。

 

“チャンピオン、脱糞敗北!!”になってしまう。

 

だめだっ。

だめだ!

 

なにかできないのか。

僕の能力が……男性にも使えれば。

 

……

 

ん?

 

いや、待って。

 

待って。

 

男性には効かないなんて、誰が言った?

 

ミシロさんが、推測しただけだ。

 

確かにあの時、ラグーンたちには効かなかった。

 

だけど……そうだ。

 

本当に効かないなんて保証、どこにもない!

 

ゴッツにだって、効くかもしれない!

 

確率は、0じゃない!

 

ミシロさんを救うために!

 

僕自身、上に上がるために! 前を向くために!

 

使う……使うっ!

 

フーレスト・ショッカー!!

 

僕は、左手の力を振り絞って起き上がり、まどろんだ視界の中でゴッツを探し出し、叫んだ。

 

「んむう!?」

 

しかし、この能力は……やっぱり女性にしか使えないみたいだった。

ゴッツは、動きを止めたものの、馬鹿にはならなかった。ミシロさんも動かない。隙を作ることもできなかったらしい……。

「トウヤ君……っ」

 

「ああっと、トウヤ、ゴッツに対してフーレスト・ショッカーを試みたが……効かないーーーっ!」

Mrの実況は……時に残酷だ。

 

「いや、ゴッツの馬鹿化とかみたくねえよ」

「そうそう、ミシロさんのなら何度でも見たいが……ん?」

「あ、あれは!?」

なんだろう。視界が、普通に戻ってきた……ら。

 

え。

 

え。

 

え!?

 

 

「下らん能力だな。使いようによっては、観客を楽しませる……か。ふんっ!」

怒りで、より筋肉の逞しさが強調されて恐くなったゴッツが、僕に向かって、剛腕を振り上げた。

その時だった。

「にゃっぱああああーーーーーーーーーーー!」

下の落ち葉が、舞い上がった。

「む!」

僕の姿も、ゴッツの姿も、さっきから見えないけどミシロさんの姿も消えた。

目の前が赤と黄色でいっぱいになる。

そして、それらが落ちていき、再び視界が晴れたころ……僕とゴッツは、とんでもないものを目にしていた。

「わわ!?」

「ぬうう!?」

 

「ふっふーーーーん」

 

ミシロさん、木の上に、葉っぱ一枚で仁王立ち!?

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」

「な、なんだああああああああああああ!?」

「ミシロさんが葉っぱ一枚だああああああああああああ!」

どういうことーーーー!?

いや、僕の能力がまたミシロさんにってことでしょーー!? ごめーん!

「葉っぱ一枚あればいい! 我が美技、見るがいいーーーーーーーっ! とおっ!」

ミシロさんが、跳んだ!

真っ赤な、大きな葉っぱで、股間だけは隠れているけど……どうやってくっつけてるんだろうか!? 

いや、他は丸出しだ!

既にすっぽんぽんを見たけど、この間抜けな姿……ご、ごめんなさい。でもその恰好は、またちょっと違う衝撃があるよお!

「とおーっ! たあーーーーっ!」

着地して、ゴッツにチョップを見舞うミシロさん。ゴッツはそれを、かわしもしなければ防御もしなかった。ただ、胸にその一撃を受け続けるだけ。

プロレスラーみたいだけど、どうにも力の入っていない、スピードだけの馬鹿チョップ。筋肉の要塞に通じるわけもなく……!

「哀れな!」

とゴッツ……うう。言い返せない。

「ウンコついた尻が丸見えだー!」

「ひゅーひゅー!」

観客もうるさい……ああ、それにも構わずミシロさんは、脚を開き、ちょっと茶色の残っている、とんでもなく恥ずかしいお尻丸出しの姿で、チョップを続けている。

その度にぷるぷると体の柔らかいところがが震える……あわわ。

「ちょーっぷちょっぷ! ちょっぷちょっぷちょおおーーーーっぷ! ふはははは! 手も足も出まいー!」

言葉だけは偉そう。

この後にどうなるかを考えると、涙が出てきそうだ……全部、僕のせいで。

僕のせいで、ミシロさんが大恥かいて敗北して、ひょっとしたら二度と表舞台に立てないかもしれない。

すごい罪悪感で……苦しい。

 

「……とどめを刺すとするか」

僕は、ゴッツが、この一撃が救いになるかというような気持になっている気がした。そんな声に聞こえた。

――拳を構えた。

腰を落として、じっくりと狙いすまして。

ミシロさんの、端麗で柔らかな体に、武骨な拳が全力で打ち当たったらどうなるんだろう。普通なら、この精神統一と肉体の溜めがいる全力を込めた一撃、当たる筈もない。だけど、隙だらけのミシロさんなら……とどめを刺すには最適だった。

超絶的な筋肉から放たれる、全力の正拳突き。

バーチャル空間の中でも、あまりに大きなダメージを受けると、肉体にダメージがあるという。

まさか。

無謀なお腹に、最大の攻撃力が打ち当たった時、どうなるのか。

まさか。

そんな相手にも、ミシロさんは、相手に攻撃が効いていると信じて疑わない、自身に満ち溢れた表情で、手刀を持ち上げる。

「ちょおおおおーーーーー……」

体の後ろに持ち上げたところで、チョップの動作が、途中で緩慢になった。溜めに入り……とどめの一撃を見舞おうというのか。

ゴッツは、その手が振り下ろされる前に、自分の拳を繰り出した。

「かああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」

拳が、伸びきった。

 

パンチが、空を斬った。

 

「何?!」

「モンスタードライブっ!!」

え。

誰もがその状況を、理解していなかった。

パンチを失敗し、それこそ隙だらけになったゴッツの顔面を、今度は完全なモンスタードライブが捉えた。

ミシロさんの輝きが、ゴッツを貫いたように見えた。

「ごぐああああああああああああああああああああっ!!!」

「はあ、はあ、はあ……っ!!」

 

ミシロさんが、勝った。

 

「馬鹿化が解けた瞬間、ゴッツが隙だらけの攻撃を繰り出してくれたのが見えたから……瞬時に判断できたのは、何度も食らっていたおかげかしら? トウヤ君の力を……」

勝者は、余裕のない笑みを浮かべて、片足で着地した。

その足元には、巨大な筋肉の塊があった。敗者。

でも、葉っぱ一枚の勝者は恥ずかしいかも……。

「今、嫌なこと考えたでしょ?」

う。

ちろっと、怒ったミシロさん。ごめんなさい。

……睨まれたけど、ちょっと安心した。それでだろうけど、僕は気絶した。

 

その日の優勝者は、6人倒し、さらにゴッツの多大な体力を100%削り切った、ミシロさんだった。

ミシロさんが、しっかり服を着て表彰台に上る姿……すごく素敵だった。

 

その日の広報は、やはり、ミシロさんとゴッツの対決に関してが一番の話題だった。

見出しは、「現チャンピオン対元チャンピオン、超絶死闘!」だった。

よかった……でも、当然、僕のしたことに関することもしっかり綴られている。

「女性選手は、奴に近づかない方がいい」って。

なんかちょっと悲しい……はあ。

 

 

 

ん? ケータイに着信……あ、み、ミシロさんだ。

「今晩、ヒマ? お食事でも……」

って。

 

うわわ。

顔が熱い。