未来都市、シャイル・ジュイエに、電子の花が咲く。

夜の街に浮かぶ七色の光が交差し合い、混じり合い、新たな色を生む。

美しい夜の虹とも呼ばれるこの光の下に、多くの人々が平和にその日々を送っている。

時に静かに。

時に激しく。

 

激しさと言えば、ADF

アナザー・ディメンショナル・ファイト。

疑似空間に強き肉体を持つ自己を投影し、激戦死闘を繰り広げる、異なる戦い。

この夜も、それは大勢の市民達が見守る中、行われていた。

 

 

「さあー! 今日も今夜も今宵も今晩もっ! 行われますよADF! 司会は私、ミスター・フューチャー!!」

わああーーーって、歓声が鳴り響く。好きな選手の名前を叫ぶ人達もいる。

煩いくらいに。

僕は、トウヤ・ササギリ。

冴えない中学生にして、冴えないADF選手……だったんだけど、ほんの数日前。

急に、僕は、人気選手になってしまった。

なぜかと言えば……んーう。

恥ずかしい特殊能力に、目覚めてしまったから。

それで、チャンピオンのお姉さん……ミシロ・ライメイさんを、頭がパーのバカなキャラクターにして、あまつさえ自分から裸になるようにしてしまったから。

男の人たちから大絶賛されて、ネットワーク上でも大人気になっちゃって。

現実世界なら完全に、犯罪だよ!?

学校でも、男子生徒からよくやったって褒められたけど、女の子達からは白い目で見られて……思った通りだったなあ。

あああ。

結局負けちゃったから妹、ミチャの入院費も稼げないし、このままじゃ人生駄目になる!

 

……っと、集中しなくちゃ。

 

「トウヤーーっ! がんばれーーーっ!」

「女と戦え! とにかく女を狙え! ブスはいらん!」

「マリーナちゃんを全裸にしてくれー!」

 

……男の人たちの変な声は放っておいて。集中!

でも、忘れられないんだよなあ……。はあ。

ミシロさんの、最強のチャンピオンの、あの光景。

すべて丸出しのすっぽんぽんになって、奇声を発しながら飛び出してきたあの姿……う。

う。だめだ。考えちゃだめだ!

でも、うう、んー……とんでもなかったなあ……。

 

「今回のステージは、月面だぁーーーっ!」

 

月。

重力が6分の1

身を隠す場所はクレーターだけ。

たまに隕石も降ってくる。

この戦いの中でも、難所と言われるところだ。

特に僕みたいな初心者というか、低レベルの者にとっては……だ。

強い人は、十分華麗に戦える。

ぼ、僕も……やるぞ!

 

さあ。

ステージのどこかへと、ランダムで送られる。

青いシャツとグレーの半ズボンにスニーカー、つば付きの赤い帽子の姿で。

疑似空間の月面へと立った瞬間に、僕は気合を入れた。

「よし!」

 

立ったのは、半径20メートルはある、巨大なクレーターの真ん中。すり鉢状になっていて、重力が小さくなければ、上に上がるのも難しいだろう。あ、いや、この空間では身体能力あがってるからそれでも大丈夫かな……いくら僕でも。

当然、疑似空間だから呼吸に問題はない。

黄色く光る地面。夜空とも違う、真っ暗な空に光る星々。太陽の光がこれらの光を作っているんだろうか。

空気のない宇宙空間。月世界。なのに、風を感じる。

涼しい。やっぱり疑似空間だからかな。本当の宇宙とは違……ん?

風を感じる?

「ひゃっはあっ!! トウヤ頂きぃーーーっ!」

「う、うわ、うわわわあああああ!」

クレーターの上のところから、参加選手の一人、オオバ・グロリアが襲ってきた! 凶暴そうな、痩せた狼のような顔をした男で、敵をいたぶるのが大好きなんだ! 特殊能力は、旋風!

「しゃあーおっ! ひゃあーっほ!!」

「うわわわわわ!」

ぐおんぐおんっ、と、宇宙空間なのにも関わらず風の音がして、僕の体がその旋風に呑み込まれる。敢えて言うなら、格闘ゲームとかで、宇宙空間や水中では普通出来ない動きや出せない技が出るのとまったく同じ感じと言え……ってる場合じゃないよおーーっ!

うわわああああーーーーっ!

全身、自分でも訳のわからない方向にぐるんぐるんと動かされる! ぬいぐるみが、洗濯機に入っているかのようだ……うあああっ! だ、だめっ! 情けない姿は見られたくないーっ!

「死ね! 死ね! いーや、まだ死ぬなよ、ギリで生き残れよ? ああ、なあ!? ひゃははははっ!」

ギリで生き残らせる意味……それは、つまり、僕の体力をギリギリまで減らして、最後の一発を大技で終わらせる……そうすれば、少しでも大きく賞金を稼げるって事だ! くそおー!

 

Mrの実況と、観客の人たちの声が聞こえる……!

「ああっと、H画面をご覧ください、トウヤ、早くもオオバの旋風能力に掛かってしまった模様です!」

「おいおい、もう終わりかよ!」

「もうちょっとやれよトウヤーっ!」

「殺すぞ雑魚!!」

「マリーナちゃんを全裸にするまで負けるなよボケ!!」

 

好き放題に言って……僕はあんな能力、使いたくないんだ! でも、このいじわるな相手に……生き残るためだし、ミチャの為でもあるし、使ってみようか?

念じるだけで、力は使える!!

「つぅあああああ! バカにする能力、発動ぅうう!」

その瞬間、旋風が止んだ。

僕は、知らない間にクレーターから飛び出る程にまで舞い上がっていたけど、なんとかクレーターの縁に着地した。

「やった!」

能力が決まったのか。オオバには悪いけど、恥ずかしい想いをしてもらおう。

奇声が聞こえてくるはずだ。僕は、オオバを探した。

……あれ?

違う。

「弱者をいたぶるやり方はよくないわ」

金色の長髪。

黒いコート。

綺麗な顔。

豊満な……ごめんなさい。

チャンピオン、ミシロ・ライメイさんだ。

10メートル先の、クレーターによって描かれた曲線に沿って目を動かした先に、その人は立っていた。

オオバは、倒れている。顔が少し上がっていて、上にあるミシロさんの顔をにらんでいるけれど……

「くあ……がっ」

オオバが、白目をむき、そのまま顔を落とした。

オオバ、早くも失格……か。

「弱い者を甚振るあなたの性格、良いとは思わないわ。戦略でなく、精神性を押し通し相手を嗤うそのやり方は、ね」

ミシロさんの目は、ずっと僕を捉えている。消えていくオオバに、目もくれなかった。

観客の皆の声が、大きくなる。

「さすがミシロさん!! 最強ーーーっ!」

「トウヤなんて吹っ飛ばしちゃえーっ!」

「最弱変態男死ねー!」

う。僕の負けを望む、女の人たちの罵声。そして。

「またミシロさんのバカ姿が見られるのか!?」

「ジャパニーズコマネチをさせろ!」

「鼻の穴に指突っ込ませて鼻毛見せろー!」

うう、すごい最低な男の人たちの期待の声だ……。

「も、もうあんな能力使わないよぉ!」

目を閉じて、絡まった鎖を振り切るようにして、僕は両腕を振り回す。

そして、目を開けたところで、目の前に、あの綺麗な顔があった。音もなく。速い……!

輝く月のような、美人の姿。

それは、とても厳しく、僕の心を刺していた。

「この間のお礼……よ」

「う、うわわっ!」

蹴りが出た。

いつもより、ずっと早く。

力の籠った蹴り。

重力は6分の1。だから、僕のスピードも6倍? 合ってるかわからないけど、体が軽いから。

でも、それって、ミシロさんも、6倍のスピード? で動けると言うこと……だめだった。

「うばつっ!!」

ミシロさんのパンチが、僕の顔に。

自分の顔が、ミシロさんの小さな拳、細い指の形にめり込んでいっている……そんな痛みを覚えながら、おもいっきり後ろに飛ばされた。後ろ向きにぐるんぐるん回転して。頭から着地……。

「がっく!」

「少しは防御力が上がったのかしら。それとも体力? 特殊能力を得たことでちょっと高揚して、ステータスも上がったのね」

うぐぐ、ぐぐっ、ミシロさんが余裕の解説を……直ぐに止めを刺しに来ない理由がわからない。オオバと違って、僕を痛めつけようというわけじゃないんだよね? さっきああ言ってたし……警戒していると言うこと?

「何してるんだートウヤー!」

「早く技を使えー!」

「ミシロさん全裸脱糞! チャンピオン崩壊させろー!」

男の人達その声援やめてったら! くうっ!

 

ぎりりっ。

 

音が、した。

ミシロさんが、歯を食いしばっている。

音の正体は苛立ちの歯ぎしりだと、わかる。

当然だ。

あんな姿をして、どれだけ恥ずかしかっただろう。

チャンピオンとして、戦士として、女の人としての屈辱はこの上なかったろうから。

輝く金色の、綺麗な眼が、鋭く細まっている。

背筋がぞくりとした。

「う……」

「モンスタードライブ……」

終わった。

ミシロさんの特殊能力。

身体能力を一時的に物凄く向上させて、飛び込んでくるあの技。

前回も、これで終わったんだ。

避けられない。

ああっ。

悲鳴を上げそうになる。

せめて、みっともない負け方だけは。

と思ったら。

 

「うっ!?」

 

ミシロさんは、前のめりに、倒れ込んだ。

顔と胸が、金色の地面に突き刺さった。というか、叩き付けられたというべきか。

驚いて、後ろを振り返るミシロさん。あ、そうか、両足首に鎖が巻かれていて、それで転んじゃったのか……う。

なんかちょっと、ドジっ子みたい。

なんか、か、かわいいな。

う。

……と、とにかく、ミシロさんは、体を回転させることで鎖を素早くほどいて、再び立ち上がった。

でも、攻撃は終わっていなかった。

ミシロさんの足元から、今度は砂が舞い上がった。

「なっ!」

今度は、声から驚きが減っていた。だけど、対応はできなかったようだった。

次の瞬間、ミシロさんは、網の中に捕らえられていたからだ。

 

「やった。ミシロを捕まえたぞ!」

「落ちぶれチャンピオン……消えてもらうぜ」

「ようし!」

 

あ。

そうか、鎖に網……どっちも、特殊能力でできる技だ。

この能力を使える選手と言えば。

ノルス・ラグーン。坊主頭でやたらと眉毛が太くて顔が濃いわりに、細マッチョ系の男。鎖使い。

ドーレ・プラシア。逆立った赤い髪と小さな目が特徴。中国の拳法家みたいな、胴着も。網を出せる。

それに、もう一人。

タダシ・ルドルン。背が低い、おかっぱ男。シャツがよれよれ。地雷を作る能力がある。そうか、これと網を合わせて、着地の瞬間にミシロさんを捕まえたのか!

「ああっとチャンピオンミシローっ! 捕まってしまいましたーっ! ラグーン、プラシア、ルドルンの3人が手を組んだーっ!」とMr

「なによそれ! 卑怯よ!」

「ふざけんなー!」

観客の皆さんがブーイングする。

「いや、前回からあんな姿を晒しているんじゃチャンピオン失格だ」

「早々に消えてほしいわ」

自称本格派の、厳しい意見も聞こえてくる。この声にはミシロさん、悔しそう。

「いやちょっとエロい」

「拘束……」

エッチな人たちの声はもうこの際放っておく。

……僕はどうしよう。

 

「ミシロ・ライメイ。お前みたいなのがチャンピオンじゃ、競技の価値が下がるんだよ」とラグーンが野太い声で言う。

「そうだ。俺達の品位まで下がるのは迷惑だ」プラシアが拳を構えてそう続けた。

「賞金は俺達のものだ! お前なら相当体力あるべ! 賞金ガッポガッポだべー!」おかっぱ頭をさらさらさせながら、ルドルンは品のない言い方をしている。

下品な感じで笑う、三人組。僕のことを完全に無視して。

三人の隙間から見えるミシロさんは、もがきながら三人を睨みつけてるけど、全く脱出できないみたいで、迫力がなくて。

「こいつ、何もできないぜぇー!」

「弱いなー」

「何にもできなんじゃあ、むしろ滑稽ですなーチャンピオン様ー!」

「く……!」

なんて奴らだ。侮辱して!

それに、ミシロさんを三人がかりで……そうしないと、文句も言えないのか! ……妃との事言えないところあるけど。

で、でも、この間も散々な目に遭わせちゃったから……罪滅ぼしに、少しは助けないと。

よ……よしっ!

「お前らっ! これでもくらえ!」

僕は、一歩前に踏み出して、精いっぱいに叫んだ。

「ん!?」

「なんだ雑魚」

「消えろよ」

冷めた目で僕を見やってくる……なんだ、僕の能力を知らないのか!?

両手をかざして、敵を見定め、能力発動を念じ、そして、もっと精一杯に叫ぶ!

「馬鹿になれっ!!」

Mrも叫ぶ。

「おおっと、トウヤ、あの恐怖の能力を再び使用するかーっ!?」

「男相手かよ!」

「余波でミシロさんにも行け!」

「ホントサイテーよねあのエロガキ」

観客の皆も……いや、もういい! あいつらをやっつけて、ミシロさんを助けるだけだ!!

くらえええーーーーーーーーーーーーーーっ!!

 

……。

 

「なんだ今の」

「叫んだだけ?」

「不発かーよ、ザコ」

 

三人とも、きょとんとして、自分の手や、天、そして両手をかざしたまま不動の僕と、視線を移している。プラシアに至っては、小さな目がさらに点に……。

……効いてない?

「そんな」

思わずつぶやいた僕へ、ぎんと強張った顔を見せ、ラグーンが頭に血管を浮かべた。

調子を外されて怒ってるのは明白。う。ずんずん近寄ってきて……ミシロさんを背にして、僕を狙ってくる。

「お前、ザコもほどほどにしろよぉ!!」

「う!」

「死ね!」右腕に絡むようにして、鎖が現れた。アレを銃弾のように射ち出して、相手を狙う技……シューティング・チェーンとかなんとか……

「喰らえ! メタビュートスティンガー!!」

全然違うぅうううっ! 技の詳細は同じだけどっ! 速いっ! 避けられない!!

その時、あの、記憶に新しい奇声が聞こえた。

 

「におーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」

 

「あん!?」

鎖の勢いが死んだ! ラグーンの手元が狂ったんだ。飛びのけばかわせる!

と、僕は後ろに飛んで、鎖が届かない範囲にまで下がった。危ない、もうちょっとで無駄に飛び上がるところだった。

地面に鎖が打ち込まれ、そのままぴったり埋め込まれた。

「なんだなんだ今のは……まさか!」

ラグーンが後ろを向いて、その姿を見た。

僕も。

そして、また、多くの観客も。

テレビなどで見ている、国中の人達も……。

 

「あっきゃあー! あみあみあみー! 捕まっちゃったー! でられまへええ〜〜〜ん! 籠の中の? にんげーんっ! ほがーーーーーーっ!」

 

ミシロさんは、真っ赤だけどとろーんととろけそうな笑顔を作って、舌まで伸ばして、網を両手で下に引っ張り、自分の顔と胸におもいっきり、押し付けていた。いや、引きつけていたというのかな……?

「うおお……」とルドルンが、完悦の笑み。すごく下品で嫌らしい顔だ。

で、でもわかる気がする……胸が、えっと、それぞれで網の目に入って、強調されているし、表情そのものもものすごくエッチに見えて……馬鹿と言うより、変態化しているような気がする。

いや、完全に、変態になってしまっている。

だって、下を脱ぎ始めたから。

黒のブーツとズボンを、するすると……うわあ。真っ白な素肌がやっぱりすごい綺麗でまぶしい……金色の、月明かり? に下から照りつけられて、し、下着もろとも金色に染まって……うわあ。

う。

「おおーーーーーーー!」

「やった! 今度はパン一だ! 白だーっ!」

「変態ミシロきたぁーーーーーーーっ!」

「トウヤ、良いぞお前! もっとやれー!」

わーわーと騒ぐ男性客達。たぶん嫌がっている女性客の声をかき消すほどの熱狂。

「なんということかーっ! 拘束されているミシロを助けようとしたトウヤ! しかし、その能力をミシロにだけ使ってしまったー!? これはなんたることだーっ! そしてどういうことだーっ!?」

Mr、フォローかな、でも本当のことだし助かる……って、どうしよう!

って、ミシロさん、パンツまで脱ぎだした!?

「うひゃっ! うひょっ! 顔が寒いわーーーーー!」

ミシロさんを取り囲んで、男達が最低に楽しんでいる。

「おおおお……あのミシロ・ライメイが目の前で……」

「ストリップかあ……うおー、目の前にマンコあるぞ!」

「尻もいいねえー!」

「おひゃっ! ほひゃっ! ついにパンツ脱げたっぴーーーーーー! ぱーぽーぱー! あぱーーーーーー!」

三人に馬鹿にされているのに、パンツを振り回して喜んでいるミシロさん。下丸出しなのに。国中の人に見られているのに。

嫌だ……こんなの、悔しいよ!

今油断している三人に、一発でも食らわせてやろう。助走をつけて思いっきり飛び込み、後ろから体当たりしてやれば、一人は少なくとも大ダメージを負う筈だ。自分の行いに、少しでも後悔ができるなら。やってやる……脚に力を入れた。

足の力を。腰に力を。体重をそこに押し付けて。

……やるぞ。

と思ったら。

 

ミシロさんが、パンツを被った。

顔まで深く。

 

「はっぴゃぱらりら〜〜〜〜〜〜〜!!」

 

……。

出鼻を完全にくじかれた。

三人組も、呆然だ。

「……」

「……ひ」

「無様すぎる……ぜ」

……ごめんなさい、ミシロさん。

そして、両手でパンツの端っこそれぞれを摘まんで、脚を開いて上下にスクワットしはじめたところで、ミシロさんは、正気に戻った。

「おげれってのらーらららー! ミシロはパンツな最強者〜〜〜〜……はっ!?」

ミシロさんは、真っ赤になった。

ずっとさっきより、本当に。

深紅ってこういう色?

太腿が、つま先が、ぷるぷる震えてる。

ぷるぷる。

「わ、私……また……トウヤ……くん」

「ご、ごめんなさぁああい」

僕は、両の膝をついた。涙さえ流して。

金色の砂粒に、ぽとりぽとりと涙が。ああっ。

「私……私……私が……どうして……」

ミシロさんの声から、力が抜けていく。

最強の女チャンピオンが、ただの女の子に戻っていくように。

魔法が解けるかのように。

「おおーっと、チャンピオンミシロ、再び操られた屈辱とその身を襲った恥辱に動けない! 流石にこれは終わったかーっ! 1度ならず2度までもーーーっ!」

Mrの実況は、時折残酷だ。

「やめて……っ」

ミシロさんが、弱音を吐いた。

悲し気に目を閉じて。そして、腰が崩れた。

お尻が金色の地面につく、その瞬間を、僕はなぜか目を離せずにいてしまった。

しかし、しかし。

その瞬間は、こなかった。

ミシロさんのお尻は、空中に止められていた。

その真ん中に、脚の間に、鎖が通されていたからだ。

つまり、えっと……いつの間にか、ラグーンの鎖が、ミシロさんの股の下に通されていて、それを突っ張らされて、ミシロさんのアソコに食い込んだということで……ああああっ!?

「くあああああああああっ!!」

ミシロさんの、哀れな悲鳴。両手で鎖を持っているけど、すごくよわいアソコの部分を、金属で直接締めあげられる痛みと屈辱は計り知れない。

ずくうううん、と、そんな音が僕の中で響いた。

そして、直後。

「はっ、クズが。引き際考えろよオバサン」

別の声がした。

「よお」

「あ、貴方は……リベル・ラマロサ……!」

リベル・ラマロサ!?

青く爽やかな、風になびいたような髪。やや童顔ながらも端麗な顔立ち。青い目。青い……中世風の鎧。腰には剣まで下げている。

最近売り出し中の、“美男騎士”だ。やや男尊女卑なところが強いというけど……同じフィールドに立つのは初めてだったと思う。

ミシロさんは脂汗を流して、彼の方向……後ろを見ている。

「あなた……ま、まだ私を……くっ!」

「当たり前だろ、俺のデビュー戦を潰しやがったからな……」

リベルの目には、怒りがともっている。

「リベルが現れました! 以前、リベルはデビュー戦で、無謀にもチャンピオンミシロに挑み、早々に脱落した苦い経験があります!」

その恨みを、今晴らそうって言うの!? こんな時に!?

「股縄ならぬ股鎖……か。股クサリ? クサリ股……臭い股? くくくっ」

な……なんてひどい言い方を! ミシロさんの目に、涙が浮かんでる。

「く、く、このっ、この……卑怯者!」

悔し紛れの弱弱しい罵倒であることは、誰の目にも明らかだ。ミシロさんは今、最悪なほどに弱っている。チャンピオンのミシロが。あんなにきれいな人が。僕のせいで、輝かしい人生から転落しようとしている。たった二回の恥で……いや、前回の、一度だけの恥で。すべてが終わろうとしている。

「この状況で俺を罵るか、流石だなーチャンピオン様!」

ぐいっと、リベルが鎖を引っ張る。その刺激がモロにミシロさんの弱みをこすり上げ、苦しめる。

「いいいいぎいいいいいっ!」

「はっははっ! チャンピオン様どうしたんですかー!? なんか反撃してみろよ! 本当はこういうのが好みだったのかー!? 変態チャンピオン様だよなー! パンツ被ったままでよ! ぎゃははははっ!」

ああ……ひどい。ひどい。三人組も笑ってる。こいつら全員組んでいたんだと思う。

うう、反撃はなぜできないの? モンスタードライブはどうしたの? まさか、さっき僕を相手に使いかけてしまったからしばらく使えないとか……?

「くそお。くそお!」

「ん? あいつまだいたのか」プラシアが僕の存在を、今やっと思い出したみたいに言って、こっちを見た。

「ほっとけあんな雑魚」

鎖を手繰り寄せるようにして、リベルがミシロさんの側へと寄りつつそう言った。

四人組全員が、ミシロさんをすぐ近くで取り囲む形になった。隙間からミシロさんの姿を伺い知ることはできなくなってしまった。

 

ううっ。

で、でも。

今度こそ。

助けたい。

ミシロさん以外……ミシロさん以外を馬鹿にして、やっつけてやるんだ!

大丈夫、バカ騒ぎしているところで、たぶん無防備になる急所に一撃食らわせてやればいいんだから。

今度こそ……行くぞ!

「ミシロさん以外、馬鹿になれーーーーーーーーっ!!」

今度は、必ず――――っ!!

 

「うるせえよ!」

「お前いい加減にしろ」

「邪魔だ!」

 

……だめだった。

三人組は、相変わらず。いや。

いい加減目障りな僕を、払いのけに、まとめて近寄ってきた。

三人同時。正気の三人。選手としては先輩。

あらゆる力が僕より上で、能力も直接攻撃ができるものばかり……やられる。

ミシロさん……ごめん。

 

「あげげげあげげげ!! さっげえーーーーーーーー!」

 

!?

 

「あげげ! あげげ! さげげ! さげげ! あげさげあげさげ! あげーさげーーーーー!」

……えっ。

「こ、今度はどうしたことだ!? リベルだけが――!?」

Mrの言葉通り、今度馬鹿になったのは、リベル一人だけだった。

あげげ、の言葉で両手を上に繰り返して二度上げる動作、さげげ、で同じく、二度下げる動作をしている。顔は……バカ面。両目が上に向いて、がっぱり口を開けて、顎をしゃくれさせて。鼻を膨らませている……ようにも見える。

「あげげーーーーーー! さげげーーーーーーーー!!」

三人組が、ゆっくりと後ろを振り返る。

「げ、リベル……さん?」とラグーン。

「な、なんでだ!? 俺達には効かないのに」とプラシア。

「ミシロじゃねえのかよ!」とルドルンがずっこける。尻もちだ。

「あげあげさげさげ……さーーーーーーーーーーーっ!」

一閃。

リベルが、目にも止まらない高速スピードで、剣を払った?

「な……」

三人組は、一瞬で、その胴を二つにされた。ずっこけていたルドルンに至っては、頭の上半分が吹っ飛んだ。

即、消滅。物凄い斬撃だ……。

「ふんぎゃろおっぱーーー! どおっぱーーーーー!!」

うわ、今度は、目を回しながら、跳びはねたりくねったりして、剣を振り回してる! 恐い!

「おべべべべべ! べーべええーーーーーーーーー!」

ただただ剣を振り回して踊る動き。僕は息を呑んでその姿を見守るが……ミシロさんは? あ。

僕と同じ、呆然と見ている……下穿いてないまま、パンツを被ったまま。

「……」

奇声と剣戟のダンスは、まだ終わっていない。

「しゃうおっぱーーーーーーーーーーーーーーーーー! のっぱーーーーー! ……ききゃぱーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

一瞬、光った。

青い光。

その光の直後。

ミシロさんを包んでいた網と、被っていたパンツが、細切れになった。

「あ、あっ!? し、しま……パンツ……や、やだっ!」

ここでやっとのことで姿を直すことを思いだしたのか、目を大きくし、いそいそとズボンを穿くミシロさん。なんかすごい光景……

というか。

ノーパン……だ、だめだよ僕!

だが、斬れたのは、それだけじゃなかった。

 

リベルの鎧も、だ。

 

「おあぎゃーーーーーーーーーーー……は!?」

剣を振りかざしたまま、びっくりしたような、あっけにとられたような顔になった。正気に戻ったらしい。ここで、Mrの解説が入る。

「出たぁーっ! リベルの特殊能力、“自在なる一閃”! 自分の周囲の、思う場所を好きなように斬ることのできる技! 相当の精神集中がいるが、馬鹿化したおかげで意識がなくなり、むしろ集中以上の効果を生んだかー!?」

なんてことだ。

リベルは馬鹿になって、自分の鎧を斬ってしまったのか。どうやら下着も……あれ?

って!

「ああ、ああああ……おれ、俺ぇえ……俺ぇええええ!」

あんまり膨らんでない体だけど、つくべきものがついていない……女の子?

怒りと恥ずかしさでか真っ赤っかになっちゃって、しかも、剣を振りかざして片足上げた恥ずかしいポーズのまま固まってびっくりしてるけど、だんだん怒りの眼差しが僕に向いてきて……

「て、てめトウヤぁーーーーーーーーーーーっ!!」

やばいこっちに来る!?

体を隠して、剣を持ったまま、リベルが、静かに寄ってくる!

た、戦わなくっちゃ。やらなくっちゃ!

でもその時だった。今度は変な“音”がした。

ぷうっ。と。

声じゃなくて……音。

ん?

「……へ?」

リベル、今、おならした?

「あ、うああああ……嘘だろ……お?」

ガタガタ震えるリベル。

美男騎士から一転……ハダカで剣持ってオナラした女の子……まあ美少女だけど。

でも。

これは。

「こ、この、この、トウヤこのクソ雑魚、あああ、こ、殺す、殺すぅううううう!」

「モンスタードライブっ!!」

―――――――。

 

 

怒涛の一撃だった。僕の目の前に、リベルの全裸が飛び込んできた。

ミシロさんのモンスタードライブが、まずリベルの背中を穿った。そのままリベルは大の字に反り返ってしまい。

そして、そのまま、裸のリベルごと僕に、ミシロさんがおもいっきり突っ込んできたわけで……はあ。

僕は、リベルの胸に顔をうずめながら、倒れたのだった。

ぴ、ぴちぴちっとした感触でした。

 

 

また賞金0だあ……。

 

「さあ、今回の優勝者は、マリーナ・コンスポに決定いたしました。ピンチになったと思ったところで、隕石に助けられたのは本当に幸運でした。チャンピオンミシロは前半、トウヤ戦で大きくタイムロスしたのが響いた模様で第三位です! 次回もお会いいたしましょう、Mrフューチャーでしたーっ!」

今日も大盛り上がりのまま、試合は終了しました……とさ。

 

 

その日のネットワークも、賑わいつくしていた。

他のどのニュースよりも、いつも賑わうのがADF

「俺的には優勝だった変態ミシロさん」

「リベルちゃん女の子だったのかファンになった」

「全裸オナラとかマニアックすぎでしょ笑った」

「トウヤは今後も美女と対決してほしい」

……そんな下品な書き込みがやっぱり目立つ。はあ。

 

ミチャに合わせる顔がない。学校にも行けないよこんなんじゃ……はああああ。

 

 

でも、翌日。学校帰りに、すごいことが起きた。

「トウヤ君」

「えっ?」

交差点に立って僕を呼んだ女の人……黒いコートに、いやもう全身黒の格好をした、金髪の……え。

ミシロさん!?

その人は、優し気に微笑んでいた。

 

 

喫茶店。外国ではカフェというらしい。

黒い木材で造られた、なんかお洒落な空間。シャンデリアとかガラス細工とかきれいだし……

「あ、あの」

僕の目の間にいるのは、疑似空間バトル大会、ADFのチャンピオン、ミシロさん。

すごくきれいな女の人。きりりとしていてカッコいいし……

僕は、ADFの選手になってまあまあ経ったけど、未だに芽の出ない下級選手。

でも、最近、とんでもない能力に目覚めて……もう言いたくない。はあ。

向かいの席に、ミシロさん。僕の声が聞こえたのか聞こえてないのか、無言でブラックコーヒーを飲んでいる。僕はかなりミルクと砂糖で薄めたカフェー・ラテェという甘いの。うう、大人の女の人に対して、お子ちゃまなところが情けないよお。

ミシロさんは、白いテーブルに白いカップをことりと置いて、僕を見やった。

「う」

「トウヤ君」

「は、はいっ」

……。

数秒の、静寂。とても長く感じられたような。いや、密度の濃い苦痛がこの短時間の中にあったような。そんな気がした。

ミシロさんが、もう一度、コーヒーを口にした。僕は何もできない。

再びカップを置いてから、ミシロさんはようやく、重く口を開いた。

「よくも私に、あんな“恥”をかかせてくれたわね」

「う、うわわわっ! ご、ごめんなさいいいいいいっ!」

やっぱり怒ってるうううっ! 当然だよねええええええっ!!